エンジュの宿に着くと、まもなく食事の時間だった。部屋で少しくつろいでいると、やがて沢山の料理が運ばれてきた。
「どれもこれも、美味しそう」
「海が近いからな。海鮮が多い。なにか苦手なものはあるかね」
「特にないかな。いただきます」
そうして、料理に舌鼓を打った。女は、嬉しそうだ。身体の細さの割には、よく食べるほうらしい。
食事を終えると、布団が敷かれた。女は、風呂に入りたがった。部屋には露天風呂が付いている。身体を洗い、風呂に浸かった。
「はあ、気持ちいい」
「どうだ、ジョウトは」
「うん、すごく楽しい。充実した1日だった」
「そうか。
何処か行きたくなったら、また連れて行ってやる。それで、いいか?」
「……もしかして、こないだ言った事、ずっと気にしてたの」
「……ああ。
いつか、ここでの暮らしに飽きて、旅に出てしまうのかと思った。
情けない話だろう。女々しい男だと、笑ってくれても構わない」
この世界は、旅とポケモンで出来ている。多くの者がポケモンと共に旅をする。かつての自分もそうであったし、女もそうだ。旅に出たいと思うのは、普通の事だ。
「そんな!
今は、……いいえ、何があっても、何処にも、行きません」
「そうか。それで、良いのか。
まだ、やりたい事が沢山ある年頃だろう」
「はい。他のものは、要りません。
わたしが決めた、わたしのさだめ」
真っ直ぐな目をこちらに向けて、女は話す。
「……そうか。さだめ、か。
俺にとっても、キミは運命だ」
「……」
流れる沈黙が、最初は苦手だった。その目に、何もかも見透かされるような気分だった。だが、今は、全てが自分のものだ。その目も、唇も、身体のすべても、心さえも。幸福なことだが、同時に自分は、彼女のものであるらしい。沈黙の中でやっと紡いだ言葉は、拙いものだった。
「愛している。キミを」
「はい。わたしも、愛してる」
女が唇を寄せてくる。受け止めた。柔らかな感触を味わった。感情が、止まらない。止められない。こういうのを、きっと、虜と言うのだろう。抱き寄せる。今度は唇を、貪った。やはり、女は嫌がらない。
冬の夜は、静かだ。吐息と、水の音だけがある。月だけが空にあり、ふたりを照らす。
「……戻ろう。寒くは、ないか」
「だいじょうぶ……」
女の目は、すっかり蕩けていた。少女がひとりの女になり、いつもの真っ直ぐな目が色を変えるこの瞬間が、たまらなく好きだった。
~ 8 ~