神と榊

鐘屋横丁

     

 苦い液が、口の中に満ちる。
「ぐっ……! は、ぁ……!」
 込み上げて来た物を、全て吐いた。ぼたぼたと、便器の中に落ちて行った。そうしてやっと、——涙がひと筋、つうと流れてきた。
 ああ、女よ。もう、戻っては来ないのか。何とかして、もう一度、会う事は出来ないのか。どんな手を使ってもいい。悪魔に魂を売ったって構わない。何か無いか。金だって、いくら失っても構わない——
「ロト! イベントの時間ロト!」
 スマホロトムが喋り出した。これは……リマインダー機能だ。こんな時間に、何かを設定した覚えはない。
「ロト! イベントの時間ロト!」
 しかし、止めないと鳴り続ける。観念してスマホロトムを開いた。そこには、こう書いてあった。
「ウバメの森へ行け」
「!」
 頭に電流が走った。そうか。そういう事か。やれるだけやってやる。もうこれ以上、失うものなど無い。
 
 そろそろ、夕暮れ時だった。病院から森は近かった。森に入って少し進むと、古びた祠がある事を知っていた。ウバメの森の神である、セレビィを祀った祠だ。セレビィは、時間を自由に移動する能力を持つとされる。それを使って、今朝に時間を戻す。問題は、セレビィに会えるかどうかだ。ここに現れるというが、幻のポケモンとも呼ばれている。そう簡単にお目に掛かれるとは思えない——
「ビィ〜」
 いた。黄緑色の身体に薄い羽根。思っていたよりもずっと、小さな姿だ。祠に座って、木の実を齧っている。
「おい」
「ビィ?」
「……ときわたり、使えるんだろう。頼む。連れて行ってくれ」
「ビィ……?」
「なんでもする。組織を全てくれてやってもいい。どんなポケモンも差し出す。金でも。俺の命でもいい。持っているものなら、なんでも出す」
 焦った。マイムを連れてくるべきだった。こういう時、神が何を欲するのかが、まるで分からない。
「ビィ〜」
 セレビィは興味なさそうに、木の実を齧り続ける。
「そうか。それが、美味いのか」
「ビィ?」
「それを、100個でも1000個でも食わせてやる。ジュースにしてやってもいい。もっと、美味いぞ」
「ビビィ〜?」
 セレビィの目が輝いた。よし、いいぞ。それでいい。
「ビィ〜!」
 セレビィの目が光る。眩しい。そのうち陽の光のようなものが満ちて、辺りが見えなくなるくらい眩しくなった。これが、ときわたりか。


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