【完】あなたに、おめでとう キミに、ありがとう

鐘屋横丁

     

「お湯が沸きましたね。私、紅茶を淹れて参ります。さっき、ケーキによく合うものを買ったんですよ」
 マイムが席を立つ。
「ありがとうございます、マイムさん」
「まさかサカキ様、誕生日をお忘れだとは思いませんでした。もう少し、ご自分を大切になさって下さい」
 アポロが心配そうに話す。
「ここのところ、忙しかったからな。完全に頭になかった。この年になると、年をとる事もそんなに嬉しい事では無いからな……。
 ああいや、祝って貰うのは勿論喜ばしい事だ。皆、ありがとう」
 しばらくすると、マイムが紅茶を淹れて運んで来た。いつもの事だが、マイムの淹れる茶は美味い。
「では、私とアポロさんからプレゼントがあります」
 2人が袋を手にして、中身を出す。
「私のはルームフレグランスです。お家に置いても、あのお部屋に置いても宜しいかと」
 マイムがにっこりと笑う。
「私は、ネクタイです。サカキ様にお似合いのものを選んだつもりです」
 アポロは少し照れくさそうに差し出してくる。
「2人とも、ありがとう。使わせてもらおう」
 しばらく、紅茶とケーキを味わいながら、とりとめのない話をした。ポケモンの話。仕事の話。四天王とチャンピオンに挑戦した、あの日の思い出話。アポロが無茶をしたとマイムは怒る。アポロはそうでしたっけ、と視線を逸らす。
 この2人も、随分と距離が近くなった。初めはこうして歓談をするなど考えられない程、2人の仲は冷え切っていたような気がする。今の方がいい。仕事も、円滑に進む。
 女も、笑っていた。よく笑うようになった。出会って間もない頃は、笑顔すらぎこちなかった気がする。真っ直ぐで冷たい視線が少し、恐ろしかった覚えがある。
 ……今の環境でなかったら、どうなっていたのだろう。あまり笑う事もせず、旅を続けていたのだろうか。ロケット団に引き入れて、本当に良かったのだろうか、以前はよく悩んだものだ。だが、今は女にとっても良いことだったと思える。
 今でも時折思い出す、ワタルに立ち向かって行った時の勇ましい姿。女は自分の道を、確かな意志で歩んでいるのだ。
 全員の皿が空になった。マイムとアポロが、帰ると言って立ち上がった。玄関まで、女と共に見送った。
「教官殿、今日は本当にご馳走様でした」
「私も、ご馳走様でした。美味しかったです」
「いえいえ……! また是非、みんなで食べましょう」
「はい。サカキ様、お先に失礼します。よき1年になりますように」
「改めて、お誕生日おめでとうございます。よき夜をお過ごし下さい」
 2人が揃って微笑む。
「ああ。お前たちのお陰で、良い1日になった。また、明日からよろしく頼む」
「はい!」
「失礼します」
 マイムはブーツを、アポロは革靴を履いて出て行った。扉が開かれる瞬間、外の冷たい空気が流れ込む。2人が出て行った。女はゆっくりとした手つきで、扉に鍵をかける。


~ 6/11 ~