【完】あなたに、おめでとう キミに、ありがとう

鐘屋横丁

     

 煙草に、火をつけた。
 屋上で煙草が吸えるのは良い。遠くをぼんやり見ながら風を感じるのは気持ちが良かった。夕焼けが空を赤く染め終わり、長い夜が空を覆い始めた頃だった。
 タマムシの地下にいた頃の、倍は忙しくなった。その分、幹部を何人か増やして、仕事を振れる部下が増えた事で楽にもなった。
 この国は完全に掌握したと言っていい。問題は次だ。小さな国を2、3ほどターゲットにしている。この国と同じように、ポケモンの強さがものを言う場所だ。
 勢いに任せて侵攻するか、慎重に行くべきかで会議は真っ二つに割れている。悩ましいところだ。慎重さを欠いてはいけないが、勢いに乗ることも大事だ。ランスの指揮で何人か密偵を出し、現地の様子を探っている。協力者が何人かおり、定期的に連絡を取っている。我々の侵略は世界に衝撃を与え、同志も敵も出来ているようだが、小さな国の、小さい事だと扱う国もある。まだまだ、これからだ。
 ……この時間は少し冷える。もの思いに耽るのには、その方がいい。考えがまとまる。他に何か、大事な事があった気がする。2本目の煙草に火をつけた。
 そうだ。女が日付を指定していた。日曜なら休んでも差し支えが無い。さて、何の日だったか。クリスマスかと思ったが、それは土曜だった。ふむ。女という生き物は、記念日が好きだ。しっかりと覚えておかないと、機嫌を損なわれるものだ。
 バレンタインには甲斐甲斐しく手作りの菓子を貰ったな。次の月には返礼もした。ジョウトに旅行に行ったのは、それより前か。女と過ごした思い出の何もかもが、時間の流れと共に過去になって行く。それは寂しいようで、思い出が増える喜びでもある。
 ……寒い。そうだ。この冷たさだ。トキワジムで女と戦ったのが、ちょうど去年のこの頃ではなかったか。戦い、敗れ、しかし女は抱いて欲しがった。最初は、面食らったものだ。小さな部屋で、隠れるように身体を重ねた。……きっと、その日に違いない。となれば、何かしらの物を用意すべきだろうか。

 時は、足早に通り過ぎた。
 クリスマスイブには、女と過ごした。イルミネーションに彩られた街を歩き、馴染みの店でディナーに舌鼓を打ち、少しグレードの高いホテルで夜を共にした。窓から夜景を見た女は、はしゃいでいた。
「ねえ、覚えてる、あの日の約束」
「夜景を見た時の事か」
「うん。どれかひとつ、キミにやろうって」
「覚えているとも。テレビの放送が恥ずかしくて、キミを連れて逃げた」
「ふふっ。そうだった」
 女が振り返って笑う。
「どうした? テレビ塔が欲しくなったか? テレビの中なら、どんなワガママも思いのままだぞ」
「うーん、今のテレビが楽しいから特に要望はないかなぁ。あっ、チカゲ様のサインは欲しい……」
「そんな物は、いつでも貰えるだろう。今度会った時に、頼んでおこう」


~ 3/11 ~