扉を開ける直前、隣を見た。
女が今まで見た事もないくらい真剣な顔をしていた。それが何だか可笑しくて、小さく笑ってしまった。
「……ふっ」
「……何が、おかしいんですか」
女に聞かれてしまった。
「いや、別に。俺もキミのように気合いを入らねばなと思ってな」
「そうですよ。四天王、最後なんだから」
扉を開けた。
「ようこそ、四天王最後の部屋へ。俺は四天王の大将、ワタル」
赤い髪の男が名乗った。
「普段ならここまで来れたチャレンジャーを優しく歓迎しているが、ロケット団。お前らにその必要はないだろう。正義のもとに、このワタルが全力で潰す」
「正義か。いい言葉だ。ポケモンを使い、悪の贅を尽くすのが我々ロケット団だからな。お前は殺気を隠そうともしないのが、良い。こちらも全力で行かせてもらう」
ボールを手に取った。
「待って。行きます。わたしが」
女が一歩、前に出た。
「これが最後だ。格好くらいつけさせてくれないか?」
「ダメです。わたしだってそれは同じ。ボスはわたしを使って、後ろで偉そうにしていればいいんです」
「ふむ。そういうものかもしれないな。良いだろう、見事勝利を持ち帰ってみせろ」
「はい!」
女はそのまま前へ歩く。
「君のような女の子が……?」
ワタルは、明らかに動揺していた。無理もない。
「驚いた? わたし、強いですよ」
「……理解に苦しむな。君が正規のチャレンジャーであれば、喜んで相手をする所だ。どうして、ロケット団なんかに」
「愛するひとが居るからです。愛するひとのために戦いたい。愛するひとともっと沢山、同じものが見たい。愛するひとと、同じ夢が見たい」
女はとうとうと話す。表情は見えないが、言葉の端々から強い意志を感じる。
ワタルは首を振った。
「君はまだ、愛を語る年じゃない。その男に、騙されているのだろう」
「余計なお世話。……それに、ロケット団には私の居場所がある。一緒に働く人が、仲間が、沢山いる。わたしはロケット団の、戦闘教官です」
「……君に実力がある事は理解した。だが! それならば、なおのこと正しい道を歩むトレーナーであるべきだ! その実力でジムを回って、四天王に挑戦して……」
「くどい。くどいぞ、ワタル。それ以上は平行線だ。
我々の元には、その正しい道とやらを外れた者が何人も居るのだ」
ワタルが睨みつけてくる。
「……お前が! 彼女を騙したのか! 彼女の実力欲しさに! 言葉巧みに、まだ若い彼女に甘い言葉を囁き! 悪の道へと誘い込んだのか!」
「黙れ。我々の関係は、もはや単なる情愛ではない。そうだろう、……、……!」
「はい!」
名前を呼ばれ、女が振り向く。泣き出しそうな、怒っているような、複雑な表情をしていた。真っ直ぐな目にはうっすらと涙が浮かんでおり、その奥は——闘志が燃えている。
女は再び前を向いた。
「あなたの言うこと、わたしには、何もかも的外れです。ワタル。あなたが自分を正義と言うのなら、わたしは喜んで悪になりましょう。
あなたを、倒します。ゲンガー!」
女の影からゲンガーが飛び出す。
「ぬうぅ……。良いだろう、かかって来い!ギャラドス!」
ワタルも最初の1体を場に出した。
~ 32/45 ~