進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     

「失礼。見苦しいところを見せてしまったかな。このように、私に逆らっても無駄だ。我がロケット団は優秀だからな。ああ、これを機に入団したいという者があれば、それも受け入れよう」
「……」
「チカゲ君?」
「……は、はい。入団希望の方は、お近くの団員までお声がけ下さい。すみません、驚いてしまって」
「邪魔が入ってしまったゆえ、繰り返す。
 我々ロケット団は、無駄な略奪は行わない。ただ、逆らう者には容赦はしない。ゆえに、大人しくしていたまえ。
 ……それからひとつ、楽しいお知らせだ。どんな時でも、上質なポケモンバトルをただただ求める諸君よ。我々は今日、セキエイ高原に行くつもりだ。四天王と、我々の精鋭とのバトル・ショウを行う。
 会場のチケットを販売するほか、様子は中継するから、楽しんでくれ。カントー最後の希望を、悠々と打ち砕いてみせよう」
「中継はお昼からこのチャンネルで行います! 現在他局は停波しておりますが、そちらでも復旧次第行われる予定です」
「他の局も、時間までには復旧させると約束しよう。私の望みは、試合の中継をして欲しいだけだ。
 今日は、こんなところだな。では国民諸君、また中継で会おう」
「……待ってください。ひとつ、いいですか」
 チカゲが声をかける。台本にない言葉だ。
「いいだろう」
「……皆さん。動揺していると思います。僕たちにできる事はそんなに多くはないです。だからこそ、信じる事が大切だと思います。
 ……サカキさんはロケット団のリーダーですが、嘘をつく人ではないです。僕が言うのも変な話ですが、今日の放送を信じて下さい」
 少し意外な発言に、スタジオは静寂に包まれた。ボスは満足気に頷いている。
「で、ではまた後で! 中継でお会いしましょう!」
 チカゲが慌てて締めに入る。そこでカメラは止まった。何故、チカゲは最後にあんな事を言ったんだろうか。きっと、ボスとの間に何かあるんだろうな。俺らみたいな下っぱが考えても仕方のない事だ。
「ふう」
 チカゲが、ため息をつく。
「いいのか、あんな事を言って。チカゲはロケット団の一味だと、ネットで炎上するかもしれんぞ」
「なんとなくですけど、言った方がいいような気がして……ていうか、そもそも、一緒に出てるだけで仲間だって思われても仕方ないし……炎上は元々気にしてません」
「そうか。やはり、君と仕事が出来て良かった」
「ど、どうも」
 ボスが右手を差し出す。チカゲは、握手に応じる。顔は少し、はにかんでいる。
 ……ボスは不思議な人だ。恐怖や威圧だけで人の事を支配しようとはしない。必ず、褒めたりだとか、認めたりして、気づけばそいつはボスの虜だ。人の心を掴むのが抜群に上手い。チカゲもきっと、その1人だ。牙を抜かれ、すっかり我らの手の内に落ちている。
 スタジオの後片付けが始まった。俺はまた、細かい事務作業を手伝った。この後はきっと、俺たち下っぱは四天王の部屋には入れない。その辺の奴らと一緒に、会場かテレビで戦いを見ることになる。正直なところ、全く不安感がない。ここまで全てが順調に来た。負ける気がしない。ロケット団がこの国を手中に収める時が、ついにやって来たのだ。


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