「近々、我々ロケット団はテレビの放送を再開させる。その場で国民に向けて、語って貰いたい」
「我々……と、仰いましたね」
「そうだ」
サカキさんの目は真剣だ。ああ。絶望が肩に重くのしかかる。「そっち」側の人間だったのか。一緒に仕事をした時には、全くそんな素振りは感じなかったのに。自分が何気なく言った言葉を思い出した。
「俳優とか、出来るんじゃないですか?」
……とっくに彼は、演じていたのだ! 最強のジムリーダーとして! 「そっち」側の人間と、一切感じ取られないように! 今日のこの、恐ろしいまでの威圧感と、鋭く真剣な眼差し。これが彼の本来の姿!
「ロケット団の、ひとなんですね」
自分の声が震えているのが分かる。冷静になろうと、飲み込んだハーブティーの味がしない。手も震えている。カップがソーサーに当たって、カチャリと音を立てる。
「そうだ。総帥という立場だな」
「それは……凄い……ですね、最強の実力があるんだから、当たり前かぁ、ははは……」
目眩がした。ポケモントレーナーだらけのこの国で、最強の肩書きがある者が悪の軍団を率いている。国家転覆も、それは容易いものだろう。
「……断ったら、どうなりますか」
「断らないさ。君は」
「……」
断れない。こうして、家を知られている。彼の実力は、よく知っている。目の前の巨悪に立ち向かう力なんて僕にはありゃしないし、悪に屈しない強い意思もありゃしない。ただ流されて、利用されるだけだ。ああ。なんで、僕なんだろう。運が悪いにも程がある。……断れない事も、とっくに見抜かれてる気がした。彼の鋭い眼の前では、ただただ支配されるしかない。
「……わかり、ました。何を喋ればいいんですか」
「話が早くて助かるよ。簡単な内容だ。
我が軍は、抵抗しない者を痛めつけるつもりはない。無意味な略奪も行うつもりはない。だから、すぐには無理だと思うが、安心して欲しい。それだけだ」
「……本当ですか」
「ああ。抵抗さえしなければな。約束しよう」
ふと、エサを貪るヤドンを見た。食べるのが遅くて、いつまでももしゃもしゃと食べ続けている。生活を送る上で、やはり心配なのは、ロケット団のポケモン略奪行為だった。それが本当に無いというのであれば、少しは安心出来る。
「……君のヤドンは良いな。程よく太っていて、可愛がられているのがよく分かる。仕事、忙しいだろう? その中でもしっかり育てられている」
サカキさんが、少しだけ微笑んだ。この人には、強く人を惹きつける力がある。リーダーになるのは当然の事だと思った。使う言葉には程よく重みがあって、褒められると嬉しい。そうして、悪い人なのにどこか信じられると思ってしまう。
「はは。ありがとうございます」
「では、早速だが明日の朝で良いか? ポッポテレビのスタジオで撮ろうと思っている」
「はい、分かりました……」
その後は、細かい打ち合わせをして、2人を玄関まで見送った。サカキさんは、真っ直ぐに前を向いていた。最後に、「君とまた仕事ができて嬉しい」と言ってくれた。最後まで少女からは、張りつめたような緊張感を感じた。
「はあ……」
扉が閉まった途端に、全身の力が抜けた。なんて事をしてしまったんだ、という思いと仕方なかったんだ、という思いが頭の中をぐるぐると巡る。ロケット団は悪の組織だし、憎むべき存在だ。でも、それでも、サカキさんの言葉に嘘は無いような気がしている。信頼に似た感情を抱いてしまっている。
……いや、きっと皆こうなってしまうのだろう。少しの言葉やかすかな態度で、ひとの心を、いとも容易く飲み込んでしまう。そんな人なんだ。
テーブルの上を片付ける。自分の飲みかけのハーブティーを飲んだ。すっかりぬるくなってしまっていたが、美味しかった。
僕は悪くないんだ、僕は……。
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