進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     

 誰だったかと考えながら、扉を開けた。そこに居たのは男と、1人の少女だった。男の事は……ぼんやりと……覚えている。一緒に仕事をしたことがある。この人は確か、トキワの最強ジムリーダー……
「サカキさん」
「やあ、チカゲ君。久しいな」
「どうして……ここを知って……エントランスも……」
「君の居所は調べたら、すぐに分かったよ。下の鍵は、親切なコンシェルジュが開けてくれた」
 ……違う。すぐに違和感を感じた。前に会った時と、まるで別人のような雰囲気だ。その目は鋭く、くだらない冗談など通じないであろう威圧を感じる。少し怖い。なんで、こんな時に、僕なんかに会いに来たんだろう。
 後ろに立つ少女も、全く隙がない。きりっとした表情でこちらを見ている。
「上がっても?」
「あ、はい……えっと……散らかってますけど」
 胸がドキドキする。普通の事じゃない。でも、逆らえなかった。わずかに感じる懐かしさがそうさせたのだろうか。素直に従って、家の中に迎え入れてしまった。

「えっと……何もなくて……貰い物のハーブティーでいいですか」
「なんでも構わんよ。気を遣わせて、すまないな」
「は、はい……」
 リビングに通す。椅子に座って貰って、ハーブティーを淹れる。妙に緊張する。サカキさんの雰囲気が違ったのもあるし、連れている少女が——まるで監視でもするかのように——こちらの動きから目を離さないのも理由のひとつだ。何者なんだろう。娘さん……にしては大きい気がするし、随分と落ち着いて見える。僕の知っている、同じくらいの年の若い女の子は、少し手を振ってやればそれだけでキャーキャーと黄色い声を上げてはしゃぎ回る可愛い存在だ。
「どうぞ」
 3人分のティーカップをテーブルに並べた。すると少女は、自分のティーカップとサカキさんのティーカップを入れ替えてから飲み出した。
「こら。失礼だろう。彼は、大丈夫だ」
「でも、念のため」
 サカキさんは嗜める。少女は答える。毒見……なんだろうか。
「すまない。あまり、気にしないでくれると助かる」
「分かりました。お嬢さん、お味はいかがでしょうか? それなりに、良い茶葉だと思うのですが」
「はい。美味しいです」
「良かった。ああ、やっと人と会話しました。仕事が無くなってしまって、今日は引きこもって居たので」
 ははは……と軽く笑ったが、ふたりの表情はあまり変わらなかった。
 サカキさんが、口を開いた。
「チカゲ君。私と君は、一度仕事をしただけの仲だ。無理は承知しているが、君の仕事への熱意や真面目さ、知名度や好感度といった実際の成果を見込んで、頼みたい事がある」
「……何でしょう」
 胸が、またドキドキする。この事態の中で、仕事を頼んでくるのは、極めて限られた立場の人間だ。という事は……。考えれば考える程、目の前にいるこの人が恐ろしいものに感じる。


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