進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     

「こちらこそ、楽しかった毎日に礼を言わねばならない。皆、どうか、元気でいてくれ。さらばだ」
 背を向けた。リーダーが、去ってしまう。あの大きな背中が、少しずつ小さくなってしまう。言葉が出てこない。まだまだ、言いたい事は沢山あるのに。
「リーダー!」
 この声も、聞こえているかどうか。リーダーの姿はどんどん小さくなって、ロケット団員達も出て行って、ジムの扉が閉まった。
「……」
 静寂がジムの中を支配する。皆、何も言えずに、下を向いている。タクヤが鼻をすする音が聞こえる。
「……なあ、カズシ……俺たち、ついて行くべきだったのかな」
 タクヤがぼんやりとしながら呟く。
「さあ……わからない。けど、僕は違うと思う。あの人は、ただ、さよならを言いに来ただけだと思う」
「そっか……。
 リーダーのニドキング、カッコよかったな。俺もまだまだだ。頑張らなきゃ」
「ああ。僕も頑張ろうと思った。リーダーはやっぱり、カッコいい」
 僕の言葉に、タクヤは頷く。
「だよな!」
「1体だけであそこまでカッコよく魅せられるのは凄いよな」
「そもそも、あんな強い人がなんでこんな田舎のジムにいるのか不思議だったよな」
「言えてる。ロケット団だとは思わなかったけど、こんな所じゃもったいない人だよ」
「私、まだ信じられない。悪い人には思えないよ〜」
 緊張が解けた皆が、口々に色んなことを話し始めた。昨日までと同じ雰囲気だ。
「何だか今日は、やる気にならないね」
「みんなでご飯でも食べに行かない? お店は普通にやってるみたいだし」
「賛成ー」
「リーダーの送別会ね。本人は居ないけど」
「タクヤもカズシも、ほら行こう」
「お、おう」
「うん、行きます」
 立ち上がった。みんなでジムを出る。なんだか、のんびりした結末になってしまった。まあ、田舎だからね。ここは。ロケット団とか、町の占拠とか、実際に目の当たりにしても、どうしても大げさな話に思えてしまう。リーダーの見ているであろう、国とか、世界とか、そんなのはテレビの中のお伽噺なんだ。
 リーダーは、次はどこの町へ行くんだろうか。タクヤの言うように、ついて行けたら良かったのかもしれない。この田舎町から出て、広い世界へ旅立てたのかもしれない。……きっと、そんな旅気分じゃ断られるだろうけど。
 僕らはきっと、明日も変わらない日常を過ごす。少しだけ、平和を蝕まれている感覚を抱いて、居なくなってしまった人の事を時々思い出しながら、過ごすだろう。


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