進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     

「ボスったら、ずっと心配してたんだよ」
 教官が笑う。
「……当然だろう。お前は今や私の大事な手持ちだ。負けるはずはないと思っていたが」
「なかなか、強い奴だった。お陰で、また少し成長できたような気がする。お前によろしく、と言っていた」
「そうか。それは何よりだ。顔くらい見せても良い相手だったな。
 俺は、なんだか拍子抜けする相手だったよ。劣勢になるとバリアーとリフレクターを連打して、リーダー早く助けて下さい、などと言い出すんだ。情けないだろう」
「それはちょっと……カッコ悪いね」
 教官が苦笑いを浮かべる。
「ああ。それで、何だか自分のジムが心配になった。しっかりしてる奴らだから大丈夫だと思うが、俺はトキワに戻る。どのみち、いつかは向き合わないといけない場所だ。
 ミュウツーは、今日はゆっくり休め。明日になったら、そのまま進軍を続けてくれ。次はセキチクシティの忍者頭だな。相性は悪くない。お得意の不意打ちにだけは気をつけろ」
「ふむ。分かった」
「頑張ってね、ミュウツー!」
 外は夕方になっていた。
 教官が笑顔で手を振る。ふたりは軍団の半分を引き連れてトキワへ向かっていった。見えなくなるまで、手を振り返した。
「今からセキチクに移動しても、着く頃には夜だろう。タマムシに戻ろう。今日はもう、休む」
「はっ」
 団員と共に移動を始めた。
 しばらくは、一人か。胸の奥に冷たい風が吹く感覚を覚えた。いや、これくらいの事で感傷的になっている場合ではない。サカキが、大事そうに身体に触れてくれた事を思い出す。それだけで十分だ。サカキのために、全力で戦える。
 
 
 
「……暫く、留守にする」
 ある日リーダーは、そう言った。少し残念そうに、でも、しっかりと決意を固めたように言った。
「リーダー……」
「戻って来ますよね?」
 トレーナー達は動揺を隠せない。僕だってそうだ。今まで、困った事があればすぐにリーダーに相談していた。リーダーは快く引き受けてくれて、いつもとても丁寧に教えてくれた。このジムのトレーナーである事が、誇らしかった。リーダーは強いけど、それだけじゃない。優しさと真面目さのある人だ。人間として、本当に心から尊敬していた。
「戻って来るかは、今は答えられない。
……そのうち、戸惑うような事が起きるだろう。だが、自分自身と、君たちがここまで育て上げたポケモンを信じてくれ」
 リーダーは真剣な面持ちで語る。戸惑うような事ってなんだろう。今でも、こんなに戸惑っているのに。胸騒ぎがする。何かが、起きようとしている。それに、僕たちだけで立ち向かえるのだろうか。


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