進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     

 身体を柔らかな光が包む。フーディンはさせまいと必死にサイコキネシスを放ってくる。
 なるべく、距離を取る。逃げるように。決して劣勢ではない。けれど相手の目には、そう映るように。
「サイコキネシス!」
 4発目だ。まともに、食らった。少し、痛いか。じこさいせいはまだ完了していない。 
 ナツメの顔を見た。少し笑みが見える。行ける、と思っているのだろうな。喜ぶのはまだ早いぞ。
 また、サイコキネシスが飛んでくる。じこさいせいを中断した。身体の周りを覆っていた光が消える。
「5発、撃ったな」
「え……!?」
「悪いな。お前のフーディンはもう、サイコキネシスは撃てない。私と戦うポケモンは、わざを撃てる回数が減るのだ。試してみるといい」
「フーディン!」
 フーディンは、ふるふると首を横に振った。苦しそうな顔をしている。
「そろそろ、ひかりのかべも消える頃だろう。覚悟はいいな」
 全力だ。何もかも、吹き飛ばしてやる。
「サイコキネシス」
 わざを放った。フーディンは部屋の天井に叩きつけられて、落ちてきた。立ち上がる力はもうないようだ。
「フーディン……!!」
 ナツメが駆け寄る。床に膝をつく。ふっと小さく笑うと、優しい顔になった。お疲れ様、と言ってフーディンをボールに戻した。立ち上がって、こちらに歩いてくる。
「私の負けです。やっぱり、強いのね」
「お前も、悪くなかった」
 これが、敗けた女の顔か。随分と優しい顔になった。こちらが、本当の顔なのだろう。目から闘志は消えて、普通の女の顔になった。
「ありがとう。私は、どうすればいいのかしら」
「特にない。抵抗しなければ、何もしないとサカキは言っていた」
「そう。……サカキさん。やっぱり、そうなのね。全然、見抜けなかった」
「あいつは、ヒトの心を扱うのが上手い。ヒトを偽るのもきっと、上手いんだろう」
 ナツメがまた少し、優しい顔になる。
「そうね。凄い人だわ。……サカキさんに、よろしくね」
「伝えておこう」
「帰りは、そこのパネルに乗れば入り口まで戻れるわ。元気でね、ミュウツー」
「ああ。さらばだ」
 ナツメは少し微笑みながら手を振っている。戦いの果てに残ったのは、こちらの事すら包むような優しさだった。不思議な女だ。もう少し、話をしても良かったのかもしれない。まあいい。いつか、そんな機会もあるだろう。
 ワープパネルに乗った。起動音がして、空間転移が始まる。気づくと、先程の入り口に戻っていた。教官とサカキが私を待っていた。
「待たせたな。勝ったぞ」
「お前なら大丈夫だと思っていた。……少し傷ついているな。苦戦したか。待っていろ、今薬を出してやる」
 サカキが薬を2種類取り出した。別にじこさいせいを使えば癒えるのだが、今は甘えさせて貰おう。サカキが傷ついた箇所にスプレー式の薬を吹きかける。丁寧に、身体を触って傷を探される。サカキの目は真剣だ。……悪くない気分だ。


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