進メ、我ラ火ノ玉

鐘屋横丁

     


 
 
 
 パネルを踏む。ブゥンと起動音が鳴る。空間移動が始まる。何処かに飛ばされる、独特の感覚が身体を覆う。目を閉じる。感覚を研ぎ澄ます。
 移動が、終わった。目を開ける。髪の長い女がそこに居た。他には誰もいない。静かな部屋だ。部屋の天井にはバトルの判定をする機械があるが、今は停止しているようだ。
 女は、こちらを見て少し驚いた顔をした。
「あなたが……。見たことのないポケモンね。トレーナーなしで大丈夫なの?」
「問題ない。私にはそれだけの知能が備わっている。戦闘訓練も済ませてある。お前が、ナツメか?」
「そうよ。喋るのね……。あなたの名前は?」
「フ、フ。まさか私が当たりを引くとはな。
 我が名はミュウツー。ロケット団では喋るポケモンは珍しくない。そこらを歩いているニャースも喋るぞ」
 この女がナツメか。当たりを引けた。良い事だ。どうせ戦うなら、強い奴の方がいい。
「へえ。素敵な所じゃない」
 女が笑う。目は笑っていない。真っ直ぐに、観察するように……こちらを見ている。
「お前はエスパーと聞いているが、何故こんな仕掛けを? 軽い未来予知くらいなら出来るだろう」
「エスパーだからよ。誰がどのパネルを選ぶかは、見ないようにしてたの。つまらないじゃない。あなたもエスパーポケモンなら、この気持ち分からないかしら?」
「ふむ。確かに何も準備せずにパネルに乗ったな。そして部屋にお前が居て、私は喜んだ。分からないでもない。
 私との戦いも、予知するつもりはないか?」
「ええ。どうせ訪れる未来、見ないで受け入れましょう」
「戦いは、好きか」
「そこまで、好きじゃない。けど、ロケット団に負けるつもりはないわ」
 女の口角がキュッと上がる。やはり目は笑っていない。人間の美醜は分からないが、きっとこれは美しい顔なのだろうと、なんとなく思った。美しい顔の女。戦えばどんな顔になるのか。敗れた時はどんな顔になるのだろう。興味が湧いてきた。
「何体でも使っていい。かかって来い」
「ええ。ミュウツー、あなたはきっと強い。遠慮はしないわ。エーフィ!」
 ナツメがボールを放る。ボールから出るエーフィ。戦った事はないが、データベースで得た知識はある。イーブイから進化するポケモンで、予知能力に長けているはずだ。額の石が妖しく光る。急所は、あそこだろう。
「エーフィ、シャドーボール!」
 黒い光弾が、不規則な軌道を描きながらこちらへ向かってくる。甘い。この程度なら大したダメージにはならないだろう。
 右手で光弾を受け止めた。少し脚に、力が入る。だが、それだけだった。力を込めて、右手をぎゅっと握り潰すと、光弾は黒い粉のようになって弾けた。


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