鐘屋横丁

     

 部屋に入って、風呂の準備をした。
 女は、洗面所で何度も口をゆすいでいた。その行為がなんだか、とても痛々しいものに見えて、思わず背後から抱きしめた。
「……?」
 腕に包まれた女は、きょとんとしている。
「早く」
「は、はい」
「早く、風呂に入ろう」
「わかりました」
 女は急いで服を脱ぐ。自分も服を脱いだ。早く女のからだに傷がないかを、確かめたかった。
「……」
 風呂場に入った。女の白く、美しいからだを眺める。
「あの……?」
「後ろを向け」
「はい」
「……腰に、傷があるな」
「多分、抵抗した時についちゃって」
「痛くないか」
「はい、大丈夫です」
「……」
 ボディソープを、泡立てる。女の首から下へ向かって、洗っていった。
「わあ! いいですよ、自分で洗うから……」
 女が驚き、恥ずかしそうにする。だが、止めるつもりはない。
「そうしたい気分なんだ。キミはただ、洗われていてくれ」
「わかりました……」
「何処を、触られた」
「……胸を、少し」
 胸に泡をつける。念入りに洗った。
「わっ、くすぐったい」
「黙っていろ。こっちは真剣なんだ。後は、何処を触られた」
「……お尻かな。車の中で、少し触られただけだよ。……後は、ずっと咥えさせられてたから」
「全く、許せん連中だ。もっと痛めつけてやれば良かった」
 女の尻を念入りに洗う。
「もう、大丈夫だよ。ほら、今度は私が洗ってあげる。交代しよ」
「うむ……」
 女に自分の身を任せた。女は、何でもないこと、いつも通りのことというような顔をして身体を洗っているが、本心は違うはずだ。車の中で見せた大粒の涙が、頭を離れない。

 湯船に浸かった。
「ふー。気持ちいい」
 女はまた、何も無かったような顔をしている。
「……」
 こちらも、何も無かったように振る舞った方が良いのだろうか。どうにも、難しかった。すすり泣く声、震える肩、握り返す力も無い手。どれも頭を離れない。
 手を差し出して、女の手を握る。女は不思議そうな顔をした。
「すまない。今日はこうさせてくれ。キミがどこか遠くへ行ってしまうのが、どうしようもなく怖い」
「……うん……わかりました」
「キミは、何もなかったように居られるかもしれない。俺は、無理だ。情けない話だが」
「……情けなくは、ないと思う。なんだか、嬉しいよ」
 女は微笑む。だが、やはりその笑顔から曇りは消えない。
「そうか」
「……怖かったよ。でも、あなたが半分背負ってくれてるような気がするから、今は大丈夫なだけ」
「なるほどな。……半分と言わず、全て背負ってやりたい。キミに恐怖も、痛みも悲しみも、何も背負わせたくはない」
「うん……」
「いいか、抱きしめても」
「はい」
 ちゃぷ、と水の音がした。女を抱きしめる。いつも抱いている身体なのに、今日は別人のように感じる。美しく、繊細な美術品のように、脆く儚く、大事に扱わなければならないもののような気がする。
「今日は、優しくするつもりだ。だが、思いきり自分のものにしたい気持ちも強い」
「……はい」
「何か嫌だったら、すぐに言ってくれ」
「はい。きっと大丈夫、嫌だった事なんて一度もないし」
「出ようか」
「うん」
 手を繋いだまま、湯船を出た。


~ 6/10 ~