蠱惑

鐘屋横丁

     

 部屋に入った。男は机の上で、酒の準備を始めた。
「バーボン、好きだろう。ロックで良いか」
「ああ。好みだ」
「フッ。相手が自分というのは良いな。こういう時は」
「煙草を吸っても?」
「勿論、構わないよ。私も吸う。きっと、同じ銘柄だ」
 煙草に、火をつけた。部屋にはソファの類が無かった。ベッドに腰掛け、煙を吐く。
 しばらくすると、男がグラスを差し出して来た。
「では、自分との出会いに乾杯」
「……乾杯」
 男は椅子に腰掛け、グラスを少し高く掲げた。読めない男だ。拉致同然で連れて来たと思ったら、今度はゆっくり話がしたいという。だが、こちらも情報は必要だ。聞き出さなければならない。
 酒に、口をつけた。味はいつも飲むものと全く同じだった。異世界と言えど酒の味は同じらしい。
「身体に痛みはないかね? 乱暴な真似をして、すまないと思っているよ」
「ああ、特に問題はない」
「そうか」
「ここは、何処だ? 異世界とやらか」
「そうとも。君がいた世界とも、私がいた世界とも異なる世界だ。ここは私の城、客間の1つだ。自由にくつろいでくれたまえ」
 男は酒を飲みながら答える。言葉に、嘘はないようだ。
「私を連れて来た目的を教えて貰おう」
「ただの興味本位さ。マツブサのように、異世界の有用な人間には大方出会えるようになった。
 そうしたら、欲が出た。異世界の自分に、会ってみたくなってね」
「……」
「君はどうして旅を? 私と同じように、ロケット団を率いていたと思うのだが……」
「……ロケット団は、もう無い。ポケモンバトルが、妙に強い少年が居てね。正義の味方、と言ったところか。何度も負けてしまった。体制を立て直そうと逃げ込んだジムでも負けたよ。そうなったら、もう終いだ。今は組織もジムも捨てて、修行の旅をしている」
 酒を一気に呷った。男は少し申し訳なさそうな顔をした。
「そうか。そんな未来もあったのだな。ありがとう、話をしてくれて。……ポケモンの話をしようか。やはり地面タイプを使っているのだな?」
「そうだ」
「うん、私の手持ちもミュウツーの他は地面タイプだ。やはり、私なのだな。改めて、会えて嬉しく思うよ、サカキ」
「……ああ」
 孤独な旅をしていたので、人と会話したのは久しぶりだった。喜ぶ男の顔に、警戒していた心が綻んでしまっていた。しばらく、ポケモンの話で盛り上がった。さり気なく、こちらが話したい話題を振ってくる。自分をよく理解した話し方だった。当然だ。自分同士なのだから。男と話すのは、楽しかった。
 ……だが、後悔はすぐにやって来た。


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