ミュウツーは男の半歩前に立ち、じっとこちらを見ている。組織にいた自分に対して抱くはずの、憤怒からは遠い表情をしていた。冷たい目で、ただただ、観察されている。
「……ああ、違うぞ。これは、私のミュウツーだ。貴様の逃したミュウツーではない。私の世界のミュウツーだ」
「世界?」
男は、妙な言葉を口にした。
「そうとも。SFは読むかね? 異世界、という奴だ。私には、私の世界が存在する。私は異世界を渡る術を手に入れて、お前の所までやって来たのだ」
「……」
にわかには信じ難い話だ。だが、男が喋れば喋るほど、表情が、声が、話し方が、身振り手振りが、自分のものだと思い知らされる。
「今は悪巧みの計画の途中だが、フフ、観測中に見つけたお前に興味があってね。一緒に来て欲しい」
「……嫌だ、と言ったら」
悪巧み。そう、男は言った。ろくでもない事を企んでいるのは、間違いない。
悪、か。
久々に触れるものだ。忘れていた訳ではない。やはり、自分は悪なのだ。悪のなかで生き、やがて死ぬだろう。異世界の自分も、また悪だ。
「力ずくでも」
男は指をパチンと鳴らし合図をした。ミュウツーが鳴き声を上げる。
1匹目の、ボールを放った。
「ニドキング!」
ミュウツーの力は強大だった。自分の手持ちでは、どうしようも無かった。奴が少し睨むだけでこちらの動きは止まり、浴びせられる強力なエスパー技に耐えられるものは居なかった。
やがて、最後の1匹が倒れた。
「くっ……」
「終わりだな。ミュウツー相手に、良くやった方だ」
男がゆっくりとこちらに歩いてくる。ざりっ、と土を踏む音が響く。一緒に来て欲しい、と言っていた。どこかへ連れていかれるのだろう。男が、恐ろしかった。逃げなければ。足に力を込めて、その場から逃げようとした。
「逃げられると思ったか?」
男がパチンと指を鳴らす。ミュウツーの目が光る。
かなしばりだ。手足が全く動かせない。全身を締めつけられるような感覚が襲う。息が、苦しい。
「どうだ? このまま、締め上げて殺す事も出来るぞ。だが、あまり手荒にはしないつもりだ。他ならぬ、自分なのだからな」
「……」
ミュウツーは、更に締めつけを強くした。言葉を、発する事が出来ない。息も出来ない。そのうち、視界がぐわんと揺れて——
目の前が、真っ暗になった。
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