マイムは目を伏せ、しばし黙ってから、答えた。
「……いいえ。ございません。
それに欲しいものは、自分で奪う主義なので。泣く子も黙る、ロケット団ですから」
そう言って、にやりと笑う。目は、じっとこちらを見ている。執着。いや違う。やはり違うものだ。
奪う、か。大きく出たな。
「そうか」
「サカキ様。昨日も、今日も、明日も、変わらぬ忠誠を誓います」
マイムが、膝をつく。その目には強い光があった。
「……マイム。ミュウツーは、私の6体目になるかもしれないポケモンだ。
だが、真に私の右腕たり得るのは、お前だけだ。信用している。それを、忘れるな」
「……。勿体無いお言葉でございます……」
マイムが下を向く。肩が、すこし震えている。髪を、くしゃりと撫でた。
「前は、よくこうしたな。いつからか、しなくなった。お前は、だいぶ人間らしくなった」
「はい」
マイムは下を向いたままだ。表情が、見えない。
「変えるか。そうだな、口づけに」
しゃがんで、目線を下げた。マイムの顎を掴んで、ぐいと持ち上げる。やっと、顔が見られた。ひどく驚いた顔。普段ならまず見られない表情だ。
「……お戯れを……」
「私はいつだって本気だ」
顔をゆっくりと近づける。マイムは、動揺しているが、嫌悪は感じられない。いつもの澄ましたような顔が、こうも変わるか。面白い、と思ってしまう。
「まあ……」
声が、少し震えている。
「人間には、人間にしかない褒美というものがあるだろう」
「……お考えはよく分かりました。ですが私、教官殿に申し訳がなく」
あと少しのところで、マイムは手を払いのける。
「なに、もうひとり愛人が増えても構わないぞ、俺は」
「ほほほ、ご冗談がお好きなようで……」
立ち上がる。こちらに背中を向ける。
「……もう一度、申し上げます。欲しいものは、自分で手に入れますので」
「悪かった。遊びが、過ぎたな」
こちらも、立ち上がる。マイムの肩は、まだ震えている。
「いえ……。非礼を、お許し下さい」
マイムが、こちらを向いた。困った顔。頬が、紅潮している。切なげな目が潤んでいる。それらがゆっくりと、いつもの表情に戻ってゆく。何だか、とても美しいもののように感じた。
美しく、気高いもの。それを、自分のものにして、この手で壊してしまいたいと思うのは、自分の悪い癖だ。
「欲しいもの。果たして、いつの日か、お前に奪えるかな。楽しみにさせて貰おう」
「はい……」
マイムはすっかり、いつもの表情に戻っていた。
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