月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

「私は、な。
 無敗のチャンピオンの器ではなかったし、柄でもない。土が付き、泥にまみれながら戦う方が、きっと似合っている。
 ……失望でもしたか?」
「いいや。お前は、負けをも自分のものにしているんだな」
「きっと、そうだな。敗北すら、この私のものだ」
 にっと笑う。不思議な男だ。負けにも動じないのは、ひとつの強さではないのか。
「サカキ。やはり、お前は強い人間だ」
「強い人間か。悪くない。お前に言われると、本当の事のような気がしてくる。
 最初に話した時も、お前はそれを気にしていたな。強い人間が好きか?」
「……科学者達は、僕の事を最強のポケモンと言っていた。それが本当なら、僕は最強の人間に出会いたい」
「そうか。今度、私に勝った女にも会えるぞ。いずれ、順番が来る」
「楽しみにしておくよ。……そろそろ、活動限界だ」
「ああ。おやすみ、ミュウツー。また明日だ」
「うん。おやすみ、サカキ」

……アイ。君を思い出す時間が、減ってきたような気がするよ。ここにいると、毎日が刺激的だ。来る人間はみんなどこか変わっているし、サカキの話は面白い。悪い事かな。ごめんね。……生きるって、こういう事なのかな。毎日を楽しく過ごせている僕は、しあわせ?

 その日は、アイの夢を見た。一緒に空を飛ぶ夢だった。アイ。何か話したかったが、出来なかった。何か言われる訳でもない。ただ、一緒に居るだけの夢。目覚めた時は、涙が出た。……涙。久しぶりに出た。悲しい時に出るものだと、アイに教えてもらった。
「ミュウツー! ミュウツー! 大丈夫?」
 女が、慌てている。そうか。呼ばれて起きたのだから、当然今日の人間が来ている。泣いていたら、驚くだろう。
「すまない。悲しい夢を見た」
 テレパシーで、返事を返す。女は少し驚いた顔をしたが、すぐ優しい顔になった。
「そっか。そういう事も、あるよね。
 ……私は、ここで戦闘訓練の教官をやってます。みんなには教官殿って呼ばれる事が多いかな」
 初めて会う女だが、見たことのある風貌だった。どこで見たのだろう……思い出せない。
「む……。お前の中を、見させてもらう。目を閉じろ」
「はい」
 女が従う。こころの、中を見る。いつものように、読み取ったイメージを女と共有する。
 見覚えがあった理由は、すぐに分かった。サカキの記憶の中に、居た女だ。
 故郷の記憶。旅に出た記憶。何度かの、サカキとの戦い。この軍団に来てからの、戦闘訓練の記憶。サカキがすぐそばに居る。
 ……ひとつだけ、分からないことがあった。
「教官。
 なぜお前の記憶の中のサカキは、いつも裸なのだ」
 教官は最初はポカンとしていたが、すぐに顔が真っ赤に染まった。
「ええっ!? ……そんな事は……無いよ……きっと……でもそうなのかな……わたし……うわあ……」


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