月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 いつも通りの時間だ。足音が近づくのを感じる。サカキがやって来た。ガラス管の前に立つ。
「調子は、どうかね」
 普段に比べると、その声に覇気が無かった。
「僕は大丈夫。……サカキ。どうした、今日は。何を考えている」
「ああ。ジムで挑戦者を相手にしたのだが、久々に負けてしまってね」
「負ける事が、あるのか」
「そうだな。昔は無かった。最強は自分だと、思っていた時もあった。ジムで負けて、バッジを渡す事になったのは、今日で2人目だ」
 ふう、と大きく息を吐く。負けたというのに、涼しい顔をしている。
「気にしていないのか?」
「多少は、気にするさ。
 しかし、前ほどではないな。前は、ひどく気にしていた。負けた自分には、価値が無いと思っていた。そのうち、周りも見えなくなっていた。自ら、ひとりになろうとしていた。
 ……今考えれば、愚かしい事だ。ひとりになど、今更なれようが無いのだ」
「……ひとり」
 その言葉の意味は、知っている。ひとり。独り。アイが去った後の、僕。
「そうだ。絶望は、孤独を引き寄せる。誰の声も、届かなくなる時がある。だが、私はもうひとりにはならないし、なれない。守るべき者達がいるからな」
「守るべき者達。この、軍団か」
「そうだ。長というものは、なかなか辛いぞ。時に、重さを感じる。あまりの重たさに、つい投げ出したくなっても、そうはいかない。私がひとりになることで、何人もの奴らをひとりにしてしまう」
「投げ出したくなった時が、あるの?」
「負けた時にな。そう思った。負けを言い訳にして、投げ出そうとしたよ。結局、出来なかったが」
 少しだけ、中を見た。女と、問答をしている。投げ出そうとした時の記憶だろう。
「……女か。負けたのは」
「ああ。見ているのか? 不思議な出会いをした。戦いの中で対話をするような感覚を、互いに得ていた。そばに置いて、何度も戦った。負け続けたが、一度だけ勝ったぞ。ひたすらに策を練って、必死に戦って、やっと勝った。あの時は、嬉しかった。
 今日の対戦者も、同じ気持ちかもしれん。よく見た顔だった。5回は、挑戦に来ていた。今頃、女に勝った時の私と同じ思いでいるのかと思うと、負けるのもそんなに悪いものでも無いと思えてくるな」
「そういうものか」


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