月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 ……雨に打たれる記憶。ポケモンを連れて、旅に出ていた。流れの早い川。雨で、川の勢いは更に増していた。足を滑らす。流される。自分は、何とか一命をとりとめた。だが、1匹のポケモンを、喪った。大事な1匹だった。遠い故郷の記憶。そのポケモンと、共に育った。でも、とても帰れなかった。そんな時、ロケット団と出会う。サカキと出会う。
「……好きなだけ、居ていいと仰ったの。いつか立ち直る日が来たら、抜けても構わないって。私に居場所をくれたの。それがとにかく嬉しくて、もうこの居場所を、離れられなくなった」
 また、本が記憶に浮かぶ。
「隠してもしょうがないから言うけど、あなたのためにサカキ様が読んでおけと言った本なの」
「ほう」
「この国は、ポケモンの研究は盛んだけど、人間の研究は少し遅れてて。海外から、人間の成長についての本を取り寄せたの」
「人間の成長……? 僕は、ポケモンなのに」
「サカキ様は、きっと、人間のように扱うつもりなんじゃない? あなたの知能は高すぎる。ポケモンの器に収まらないのよ」
「……。目を、開けていい」
「はい。開けたわよ。
 私、子育てなんてした事ないから、一生懸命勉強したわ。あなたの成長の、助けになりたくて」
 女の目は、真っ直ぐだ。嘘をついている様子はない。そういう人間ばかり選んでいるのかもしれないが、話しにやってくる人間はみんな同じ目をしている。真っ直ぐで、嘘をつかなくて、サカキを尊敬している。自分の研究の事しか考えていない、科学者達とは大違いだ。
「僕は、どんな風に成長するんだろう」
「きっと、素敵なポケモンになるわ。強くてカッコよくて、私たちの自慢のポケモンになる」
「……」
「もっと、背も伸びるわ。手足も伸びるかもしれない。楽しみだわ。成長したあなたに会えるのが」
「そうかな」
 女は、楽しそうに話す。この女もまた、僕を恐れない。成長を楽しみにしてくれている。……成長するのは、少し怖かった。科学者達が、僕は最強のポケモンになるかもしれないと言っていた。それならば、恐ろしい怪物に成長してしまうのではないか。
「活動時間も、もっと伸びるといいわね。いつか外出できるようになったら、色んなものを見ましょう。何が見たいかしら?」
「……そうだな。ガラス越しではない、太陽が見たい。あとは月と、星と」
 アイに教えてもらったものだ。太陽は、ほかほか。月と星は、ちかちか。それから——
「……ケーキとミルク。味わってみたい」
「まあ! 可愛らしい事を言うのね。きっと、用意してくれるわ」
 女が、にっこりと笑う。
「今日は、このくらいかしら。また、きっと来るわ。元気でね、ミュウツー」
「ああ。楽しかった」
 


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