しばらくは、そんな毎日が続いた。誰かが来る。それに合わせて、起きる。少し話す。サカキが来る。また、少し話す。話しているうちに、眠気が来る。活動時間は少しずつ伸びているが、まだあまり長くはない。悪くはない、毎日だった。いつかガラス管の外に出る日が、楽しみになってきた。
アイの居ない日々が、少しずつ埋まっていく。様々な人間の優しさで。……なんだか、不思議な感覚だ。最初は憎んでいた。人間の、全てを。僕からアイを奪ったのは、人間だと思っていたから。でも、違う。自分の行き場のない悲しみが、憎しみにすり変わっていただけだ。人間と話しているうちに、それが分かってきた。
特に、サカキ。あいつと話していると、不思議と落ち着く。今、僕も、あの男のように、多くの人間にまみれようとしている。でも、それに戸惑わず、堂々としていたいと思った。あの男のように。
……アイ。僕はこれで、いいのかな。これでいいと、思いたい自分がいるよ。でも、キミの事を忘れてはいけないと思う自分もいる。アイ。キミなら、どうしてる?もし僕がキミの前で消えてしまったのなら、キミはどうやって生きたのかな。……きっとキミは、僕より上手に生きるんだろう。生きるって、難しいよ……。
ある日は、女が来た。
「こんにちは、ミュウツー。起きてるのかしら? 私はエルサ。パートナーは、この子。ラッタよ。よろしくね」
ガラス管の前で、女が話しかけてくる。ラッタは耳を掻きながら、キョロキョロと辺りを見回していた。いつも通り、テレパシーで返事をした。
「お前が今日の人間か」
「そうよ。どう? これまでで、人間と話すのは慣れてきた頃かしら」
「少しはな。女は初めてだ」
そう言うと、女はくすりと笑った。
「あら光栄。あなたに会えて嬉しいわ。ボスからお話を聞いた時からずっと、気になっていたの」
「目を閉じろ。早速だが、お前の中を見させてもらう」
「はい。どうぞ?」
女が目を閉じる。こころの、中を見る。見ているものを、女と共有する。見えたイメージを、女の脳に送り込む。
……本がある。1冊の、本。
女がそれを読む。読みながら、広げた紙に何かを書き込む。勉強を、しているのか。
サカキが、その本を持って来たらしい。本を受け取り、嬉しそうにする女。
——サカキ様が、私を頼ってくれた! とても嬉しい。絶対にお役に立つんだ。頑張る!
「やだー、なんだか、恥ずかしいわ」
「……役に立つのは、嬉しいものか」
「勿論! サカキ様の事は、心の底から尊敬してるのよ。挫折して、行き場の無かった私に、生きる意味を与えてくれた。恩人のようなひと。なんでも、役に立てるのは嬉しいわ」
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