月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 冷静に振る舞っているが、人間の感情は昂っているようだった。早い鼓動。過去の事は、あまり考えたくないようだ。中を見る。様々な風景が目まぐるしく変わっていた。
 その中に、自分がいた。赤黒い、稲妻のようなものが走るイメージが見える。何かの感情だが、わからない。
「この、僕に対する感情はなに? 知らないものだ」
「……ああ。そんな事まで分かるのですか。
 これはね、ミュウツー。嫉妬というもの。醜い感情」
 人間の言葉に、嘘は感じられない。そんな余裕も無さそうだった。握りしめた手が、震えている。
「嫉妬。博士達にも、サカキにも、無かった感情だ。お前は、面白い」
「でしょうね。でも、私が面白い訳じゃないですよ。面白いのは人間。人間の感情です。
 ……あのお方は、あなたに夢中です。ここのところずっと、眠る間を惜しんで資料をお読みになっているんですよ。いずれ最強のポケモンとして、あのお方の役に立てるあなたが羨ましいのです。
 どうしてこんな事を思ってしまうのか、自分でも不思議。やっぱり私がポケモンだからでしょうね。
 教官殿には、何も思わなかったのに」
 ふたたび、中を見る。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。サカキ。
 これは、忠誠なのか。殆んど、執着に近いのではないか。この人間の最果て、心の一番深いところを覗いている気分だった。
 人間は、目を閉じたままにやりと笑った。声が、聞こえる。
 ——見えている。見えているのですね? ミュウツー。私の、すべてが。あのお方へ、すべてを捧げると誓った、私が。それしか無い、それ以外には何も無い、私が。そうして、動かない足を奮い立たせて、前へ進む事を決めた私が。
 ……でも。最近は、それ程でも、ないかもしれない。人間の暮らしを楽しむ私。団員たちを叱る私。教官殿と笑う私。人間として、充実してきたのかもしれない。あのお方はもう、私の髪を撫ではしない……
 人間の鼓動が、落ち着いてきた。
 様々な風景と人間が、現れては消える。マイム。こいつもまた、多くの人間にまみれて今を生きている。


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