サカキの記憶。手を取られた。名前を、聞かれる。まだ、会話にならない。髪を、くしゃりと撫でられた。歩行訓練。言語訓練。研究所を出た。サカキが迎えに来た。食事に連れ出された。うまく食べられない様子を、興味深げに見られる。部屋に来ないかという誘い。飲み物の作り方。簡素な事務仕事。言葉の勉強。へんしんの練習。上手くいった時はまた、髪をくしゃりと撫でられる。
「あのお方は、人ともポケモンとも言えぬこの身を少しも恐れず、疎まず、有能であればどちらでも同じだと仰いました。
身体が馴染んだ頃には、居心地が良いと仰って、そのままお側に置いて下さいました。
何と素晴らしい事! あのお方の恩義に報いるため、有能たらんとして、毎日過ごしているのですよ」
メタモンは、ぬるりと動き、再び人間の姿に戻った。
「失礼。もう、こちらの姿の方が、話しやすくて。人間になってからの生活は、覚える事だらけでしたね。でも、割と楽しいですよ」
……信じられない。ポケモンが人間になる、だと。その上、こいつはその現実を、随分と前向きに受け止めているように見える。
「恨めしくは、ないのか。自分の身体をいじくり回されて」
「それは、恨みましたよ。何よりトレーナーに会えないのは、とても悲しいです。でも、この身体になって良かったと思う事も、多くありますから。
もう、2年前の話になります。いつまでも、下を向いてる訳にはいけません。人間もポケモンも、命ある限り、立ち上がって前へ進まなければならない。私は、あのお方が手を差し伸べて下さったから、前へ進む事が出来ました」
「……」
今の自分には、重い言葉だ。サカキはアイの事を知っていたが、この人間は恐らく知らないだろう。
「……実験を志願したのは、トレーナーです。危険な実験だと分かって居ながら、挑んだそうですよ。私の目には、世を儚んでいて、少し希死念慮のある青年に見えました。何を思って志願したのかは、誰も知らない。わからない。ただ、結果だけが残ってしまった。残った結果を、私は受け止めなければならなかった。
……どうです? 少し複雑ですが、これが私の生い立ちです」
「……お前は、とても興味深いな」
「ふふ、どうも」
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