月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 ……誰かが僕を、呼んでいる。ひとりの、人間だ。目を開けた。緑の髪に、緑の目。男か女かは、よく分からない。科学者ではないようだ。
「……誰」
 テレパシーで話しかけた。人間は少し驚いていたが、すぐ順応したようだ。
「初めまして。マイム、と申します。ここでは幹部として、サカキ様のお付きを務めております」
「今日は、サカキは来ないの」
「後ほど、いらっしゃるご予定です。今日は、退屈そうなあなたのために話し相手をと、サカキ様が」
「なるほど。それで、お前が」
「はい。私も、ここの研究所には縁があるんですよ。あなたの先輩ですね」
「……お前の中を、見せてもらおう。目を、閉じろ」
「はい、どうぞ。ご随意に」
 人間が、目を閉じた。こころの、中を見る。見ているものを、人間と共有する。イメージを人間の脳に流しこんだ。
 ……草むらの記憶から始まった。ある日、トレーナーに捕獲される。トレーナーとの旅。華麗にへんしんを決め、芸をする。周りの人々の拍手。トレーナーが褒めてくれる。
 人間の視点では、無かった。間違いなく、ポケモンの視点の記憶。しかし目の前にいるのは、人間そのものだ。
「これは……どういう事だ。お前は、ポケモンなのか」
「ええ。そうです。マイムは、トレーナーが付けてくれた私の名前。種族の名前は、メタモンと言います。この通りに」
 人間の姿が、ぐにゃりと溶ける。単純な表情を浮かべる、小さな身体に固まった。
「さ、続きをどうぞ」
「……」
 トレーナーに抱きかかえられて臨んだ、この施設での実験。科学者達が周りに集う。大きな機械が震え、音を立てる。機械の中に入る。大きな音と、沢山の煙。身を焼かれるような、熱。
「人間とポケモンの融合。ポケモンの能力を手に入れた人間が生まれる筈でした。けれど……
 実験は、失敗でした」
 混濁する意識。思うように、動かぬ身体。科学者達がざわめく。乱れる意識の中で行われる、様々なテスト。失敗作だ、と誰かが言う。
「逆でした。人間の身体と能力を手に入れたポケモンが生まれてしまいました。トレーナーの意識は、何処かへ消えてしまった。
 ……その頃は、自分はいつ処分されるのかと、ベッドの上でそればかり考えていました。
 そんな時、毎日見舞いに来て下さったのが、あのお方です」


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