月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 動悸が、治らない。憎しみが、ふつふつと湧いてくる。全く、どうしようもない奴らだ。あのお方の慈悲で、毎日好きなだけ研究出来ているのが分からないのか。ああ、サカキ様。今すぐに、名前を呼んで貰いたい。
「おお、怖い怖い」
「お偉い幹部様のお通りだ。しかし、実験動物のお前が幹部とはねえ」
「サカキ様の、好みの女にでも化けたんじゃないのか」
「それはいい。その身で生殖は、出来るのかね?」
「出来たとすれば、研究対象が増えるな」
 下卑た事を。屈辱に、震えそうだ。息苦しさを感じる。本当に、こいつらと、この場所は嫌いだ。
 ああ、サカキ様。神に救いを祈るような気持ちになる。私の神。そうだ。任務があって、ここに来ただけだ。全ては、あなたのため。あなたのためなら、どんな辱めも耐えられる。
「……ミュウツーはどこに居る。お前らと、話をしている暇はない」
 何とか、言葉を絞り出した。一刻も早く、この場から立ち去りたかった。逃げ出したかった。
「この奥の実験室だ」
「話は聞いている。同じ実験動物同士、仲良く出来るといいな」
「……」
 無視して、廊下を奥に進む。
 さっさと済ませて、さっさと帰ろう。けれど、後に続く団員たちの事を思うと、真面目にやらねばという気にもなる。
 団員たちは、素直な人間が多い。柄の悪い奴もいるが、皆あのお方に忠誠を誓った者達だ。私の成り立ちを知っている者は、私が幹部になっても変わらない態度で接してくる。それがなんだか、心地良かった。早く、彼らのもとへ帰りたい。
 廊下に、自分の足音が響く。実験室には、培養液の入った大きなガラス管が沢山あった。フシギダネ、ゼニガメ、ニャース……。様々なポケモンが中に入っている。これも、実験で生まれたポケモン達なのだろうか。部屋の中央の、ひときわ大きいガラス管の中に、彼は居た。
 白い身体が、胎児のように丸まって、ガラス管の中に浮かんでいる。まだ、小さい身体。
「……ミュウツー。聞こえますか、ミュウツー」


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