「ありがとうございましたー」
外に出た。春がやって来たというのに、夜風は未だ冷たい。そして強い。けれど、ぼうっとするような暖かさにはちょうどいい冷たさ。春のこれくらいの気候が、一番過ごしやすくて好きです。
「教官殿。今日は、ありがとうございました。面白い話がたくさん聞けました」
「いえいえ……、わたしも、楽しかったです」
「また行きましょう。では私、こちらですので。おやすみなさい」
「おやすみなさい、また明日」
教官殿と別れて、帰路に就きました。
明日の事を考えると気が重いです。あのお方の事ですから、きっと遅くまで何かなさって、お家に帰らず寝てしまうのでしょう。朝に起こすのは私の役目になります。
ああ、博士どもの論文など真面目に読まずとも良いのに。餅は餅屋、任せてしまえばよろしい。……でも、出来ないんでしょうね。たかだかポケモン1匹、持て余すような博士どもが悪いのです。以前と何も変わらない。
そう、以前と——私がこの身の持ち主になった頃と。
……朝、まだ早い時間。地下の最奥。
想像通りの光景でした。ソファに横になって、ぐっすりとお休みになられている。その御身を優しく、揺り起こす。
「サカキ様、おはようございます、サカキ様。まだ早いですが、身だしなみを整えるには十分な時間かと」
「……マイムか。世話をかけるな」
「私の仕事ですから。コーヒーでも、飲まれますか」
「頂こう」
お湯を沸かす。豆はいつも決まった銘柄。カップを温める。数回に分けて、ドリッパーに注ぐ。風味がしっかりと出るように、泡の様子をよく見て、気をつけながら。砂糖とミルクは、入れない。
この部屋に来て、最初に習ったことでした。やはり、昔を思い出します。
「どうぞ。夕べは、ミュウツーの件で?」
「ああ。報告書と論文をひたすら読み込んでいた。なかなか厄介だぞ、あいつは」
「ふふ。私のようには、いきませんか」
「……そうだな。お前の時も、似たような状況だった。
お前は、良かった。身体にもすぐ慣れたし、何より素直で従順だった。今ではこうして、私の欲する物を、何か言う前に用意出来るようになった。
有能だ、お前は」
「……ありがとうございます」
褒めて頂けた。本当に嬉しい。この身となって、様々な喜びがありました。けれど、あなたにお仕え出来る事が、何よりの喜びです。
「ミュウツーについて、頼みたい事がある。お前にしか出来ないことだ」
「私に出来ることであれば、何でも」
胸が熱い。どきどきする。感極まって、涙が出そうなのを必死に堪える。嬉しい。また何かをお任せ下さる。あなたの役に立てる。夢のようです。
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