様々な資料を抱えて部屋に入って来られたサカキ様は、ご機嫌斜めなご様子を隠さず、勢いよく捲し立てられました。
「全くこの国は、ろくな学者がいない。天下のタマムシ大学ですら、ポケモンの研究家ばかりだ。人間の研究は、どうした。誰も論文やら本やらに、していない。先に人間だろう。人間ありきでやるべきだ。
あいつはポケモンの器に簡単に収まってくれる奴じゃない。ほぼ人間だ。人格の形成を間違えれば、必ず暴走する。危うい存在だ。
鈴の音を聞かせればなつくだとか、甘いジュースを与えればなつくだとか、そんな可愛いものではない。
博士め。逆らうなら拘束すれば良いだとか、また代わりのアイを用意すれば良いだとか、簡単にものを言う。
力で押さえつければ、力で返ってくる。代わりのアイなどますますあいつの神経を逆撫でするだけだ。何故わからんのだ。あいつは人間だ。人間を育てるように向き合わなければならない。
リーダー権限で大学の書庫まで行ったが、人間の人格に関するめぼしい資料はひとつもなかった。世界征服が成った日には、絶対に科学者どもに人間の研究をさせてやる。マイム、ここに書いた本を取り寄せろ」
「畏まりました。これは……全部洋書ですな。読まれるので?」
「読めん。誰か、分かるやつに読ませる。あちらの出身の奴、何人か居るだろう。
レックス、エルサ、クータ。ヤナンもそうか」
「ははっ。話を通しておきます」
全員、下っ端の隊員だった。隊員の一人一人を、きちんと把握しておられる。……そういう所が、このお方の素晴らしさ。
「しばらく、忙しくなるぞ。
そうだ、訓練中のやつも駆り出す。手合わせの予定表はすぐ出るか」
「はい、これです」
「借りるぞ。明日返す。二人とも、先に帰っていいぞ。俺は少し篭る」
「あらあら、帰されてしまいましたねえ」
「大丈夫かな……」
教官殿は、心配なご様子でした。何度もドアを振り返っている。彼女にとっては、あのお方の珍しい一面なのかもしれません。
「大丈夫でしょう。すこし熱が入ると、いつもああなるんですよ。
教官殿。宜しければ、夕飯ご一緒しませんか? 向こうの通りに、美味しいパスタのお店が出来たんです」
「わあ、行きたいです」
表情がパッと明るくなる。良い事です。教官殿は、笑ってらした方が良い。
地上に出る。歩道を歩いて、店に入る。人もポケモンも食べられる、美味しいパスタのお店。なので、店内にはポケモンを連れた人も多かった。
ふと、先程のあのお方の言葉を思い出す。この世界はポケモンのために作られているものばかりだ。あらゆる飲食店で、ポケモンの舌に合わせた料理が出る。
「ご注文は?」
「教官殿、決まりました?」
「はい、わたし、モーモーミルクのチーズクリームパスタ」
「では、私はマトマの実のガラル風パスタをお願いします」
「かしこまりました」
教官殿は、落ち着いた表情になっていた。先程の話の続きを、楽しそうに話す。私の知らない、あのお方の話だった。私の前では決して見せない顔も、教官殿には沢山見せているに違いない。興味深く、楽しいお話でした。
やがて運ばれてきたパスタは、味が濃すぎず美味しかった。完全な人間ではないこの身にも、ちょうど良い味付け。
~ 9 ~