果てへの航路

鐘屋横丁

     

 デザートと、コーヒーが運ばれて来た。小さなケーキとアイスクリーム、フルーツが並んでいる。
「キミには、感謝している。息をつく場所を、こうして与えてくれるのだから」
「そんな。わたしは、何もしてないです」
「キミといる時だけは、何者でもないひとりの男で居られる。キミは、ボスだとか、リーダーだとかの肩書きを俺に求めないだろう?」
「うん。ボスだから、一緒に居たい訳じゃないし」
「それが良いんだ。肩書きの無い自分を、受け入れてもらえる。それは、とても幸福な事だ」
 完全に、逃げ場になっている、と思った。別に今の環境が苦しい訳ではないが、ふとした時に、ひとりになりたいと思う。だが、そんな時でも、決して孤独ではない。それはなんと、心強い事だろうか。
「うん。何か、わかる気がするよ。
 わたしと居る時は、難しい事を考えなくて大丈夫です。というか、考えないで欲しいかな」
「そうか。……そうだな。ありがとう」
 デザートは甘すぎず、量もちょうど良かった。満足だ。コーヒーも飲み干して、席を立つことにした。

「ごちそうさまでした!」
「どういたしまして。気に入ってくれたかな」
「うん、とっても美味しかった」
 風が強い。夜の風は、まだ冷たかった。コートのポケットに手を突っ込む。いつものホテルへ、歩いて行った。
 部屋に入る。コートを脱いで、ベッドに腰掛けた。
「さて。今日は、ひとつ土産がある」
「おみやげ?」
 女は、隣に座って興味深そうにしている。
「完全に、俺の嗜好だ。嫌だったら、拒否して構わない」
「はい。何だろう」
 鞄から、細長い透明な容器を取り出した。女が、目を丸くする。
「なに……? 水?」
「媚薬だ」
「……」
「キミの、獣のように狂う姿が見たい」
「……はい。ちょっと、怖いけど、大丈夫です。」
 女は、ゆっくりと返事をする。
「でも、それで、わたしがどうなっても、受け止めて欲しいんです」
「もちろんだ。約束しよう」
 容器の蓋を開ける。横にすると、薬は重さをもってゆるやかに動く。
 一息に、自分の口に入れた。女の唇に、指で触れる。口づけた。薬を、流し入れる。女の喉が鳴る。飲み込んだようだ。しばらく、舌を絡め合う。薬は甘かった。口の中にわずかに残ったそれを、舐め取るように舌を動かす。味がしなくなった頃に、口を離した。
「……なんだか、甘いね」
「ああ。甘かったな」
「別にひとりでも、飲んだのに」
「なんとなく、こうしたかった。共犯者になりたい気分なんだ」
「共犯者」
 自分も、少し飲み込んでしまった。多少の効果はあるのだろうか。


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