「いつかは、こうなると思ってたけど。負けちゃいました」
女が微笑む。
「ここまで、長かった。キミに勝つ事ばかり考えていたよ。これで、目標達成だ」
「なんだか、光栄です。でも、次は負けません」
「ああ。私も、負けない」
辺りには、大きな歓声が響いていた。
泥のように、眠った。そこは、明るかった。自分はまだ若く、けど側にはキミがいて、手を繋いで、広い大地を共に駆けて——キミが笑う。自分の手を引いて、もっと遠くへと促す。
「……、……」
目が、覚めた。
「おはようございます、サカキ様。まだ早いですが、身支度をなさった方がよろしいかと」
「……マイムか。夢を見た。
私は何か、寝言を言わなかったか」
「……。いいえ。何も」
アジトの奥の部屋。ソファで寝ていたらしい。確か、大衆居酒屋に団員と共に行って、そして、
……夕べの記憶が、無い。
「昨夜は随分と、お酒を飲まれていらっしゃいました。取り急ぎ、こちらのお部屋でお休み頂いた次第でございます」
「む……、それは済まなかった。深酒を、したのか」
マイムはにっこりと笑った。
「ええ、ええ。それは楽しそうで。
同郷の団員と肩を組んで、常磐音頭をお歌いになられたことは覚えておいでで?」
「全く記憶にない。1番だけか」
「いえ、3番まで堪能させて頂きました」
「……」
「まさかサカキ様のお歌が聞けるとは。貴重な経験をさせて頂きましたよ」
「ええい、言うな」
「酒は百薬の長とも申します。たまには、こんな事も、よろしいかと。
あのヤミカラスの持ち主も、ロケット団に入って良かったと、何度も涙を流して喜んでおりましたよ」
「……そうか」
朝は、当たり前にやってくる。
今日も、忙しい。それも、いつもと変わらない。
「……」
「火を」
煙草を咥える。マイムが、火をつける。
……清々しい、気分だった。ひとつの山を、乗り越えたような感覚だった。たった1回。1回、勝っただけに過ぎない。幾度も負けた。それを忘れないようにして、また今日から鍛錬に励まなくてはならない。
「……」
灰皿に、煙草を押し付ける。立ち上がって、側に掛けてあったコートを着る。
そうして、部屋を後にした。
~ 8 ~