「行くぞ」
「!」
女の手を、強く握った。山道を急ぎ降りる。
怒っているのは、リングマだけではないらしい。興奮した様子の野生ポケモンが、何匹も飛び出して来た。女のモルフォンが、片っ端からサイコキネシスで追い払う。問題は無さそうだった。これで——
ゴトリ。
足元で、嫌な音がした。咄嗟に女の手を振り払って、今来た道の方へ突き飛ばした。
ゴトリ。
足元が沈む。時間が妙に、緩やかに感じた。地面がひび割れ、開いた穴に足が吸い込まれて行く。足場が、崩れたのか。身体が宙に浮く。
そうか。
代わりに失われるのは、自分の命か。だが、それでいい。悪くない。女が無事に戻れば、それでいい。自分の代わりなど、いくらでもいる。
そう思った瞬間、腰のボールが一つ弾けた。落下を始めていた身体が途中で止まる。
「……ミュウツー」
「お前ともあろう者が、つまらない死に方をするな。気をつけろ」
「すまない。助かった」
「今、諦めていただろう! らしくない真似をするな。お前を待つ者たちの為に、何処までも命根性は汚くあれ、サカキ」
ミュウツーは怒っていた。一瞬でも生きる事を諦めた、自分の事を。……そうか。そうだな。自分を待つ者もまた、沢山いるのだった。こんな所で、くたばる訳にはいかない。
「……ありがとう」
「フン! ん? お前、何か小さな奴に憑かれてるな」
「ああ。害は無い。今度紹介してやろう」
「無いなら、それでいい。元いた場所まで戻すぞ」
ふわりと身体が宙に浮いて、女のところへ戻った。
「ボス! 良かった……びっくりしたよ」
「ああ。ミュウツーに助けられた。この山は危ないな。気をつけて降りて行こう」
「はい!」
その後は、特に問題はなかった。無事に山を降りる事が出来た。少し待つと、ランス達も山を降りてきた。日が少し傾いて、夕方に近づいていた。
「全員無事か」
「はい、ランス隊、問題なく下山出来ました」
「うむ。では、これにて作戦を終了とする……、ん?」
眩しい。自分の周囲を光が包む。これは、先程の光。セレビィのときわたりだ。もう、時間か。
「ボス!?」
「大丈夫だ。ウバメの森に来てくれ。そこでゆっくり、式の話をしよう」
「し、式!? 式ってなんの——」
驚いた表情の女が見えた。笑いながら手を振った。眩しい。そう思って目を瞑った次の瞬間には、森の祠の前に戻っていた。
「ビィ?」
セレビィが、顔を覗き込んでくる。
「上手く行ったよ。お前のおかげだ。ありがとう」
頭を撫でる。セレビィは嬉しそうだ。
「さて、きのみだな。明日から毎日段ボールで持ってきてやる。仲間と一緒に食べるといい」
「ビィ!」
セレビィは、宙をクルクルと舞う。そして、こちらに手を振りながら、高いところへ去って行った。
「あれが、森の神か。会えて良かった」
しばらく、セレビィのいなくなった方角を眺めていた。……神はいた。女を、自分を間違いなく救ってくれた。これからも、困った時には、神を頼る事にしよう。両手を合わせた。目を伏せて、そっと祈った。いつまでもこの時が続くように。当たり前の幸せが、失われる事が無いように。
「……スー! ボスー!」
女の声がした。
「ビックリした、消えちゃうんだもん。テレポートでもないし。アレ、なんだったの?」
「ときわたりだ」
「ときわたり……?」
「長い話になる。戻ってから、ゆっくり話すさ。それよりも、話があると言っただろう」
「うん……えっとその……」
女の顔が赤くなった。もじもじと指で髪をいじる。
「キミを喪うと、あまりに辛い事が分かった。とても耐えられそうにない。もう俺は、キミなしでは生きられない。俺の一方的で勝手な思いだが、これからもずっと側にいて欲しい。一生だ」
「一生……」
女の目は真剣だ。こちらをじっと、見つめている。
「嫌なら、嫌と言ってくれて構わない。キミは自由であるべきだ。俺に縛られず生きる方が、いいのかもしれない」
「ううん……嫌じゃないよ。少しびっくりしただけ。私からもお願いします。一生、一緒にいて下さい」
女が手を握ってきた。優しく握り返す。
「決まりだな。そのうち、式を挙げよう」
「う、うん。式なんて緊張しちゃうな。どんな格好するんだろう」
「気に入ったものを、何着でも着ればいい。楽しみだ」
「へへ、えへへ……!」
隣で女が、照れた笑いを浮かべる。ああ。本当に良かった。キミが笑ってくれて初めて、生きている実感が湧く。恋とは、愛とは、きっとそういうものなのだろう。
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