千夜一夜

鐘屋横丁

     

 それから、何年の時が経ったでしょう。私は別の人と結婚して、住処を変えて、子供にも恵まれ、毎日を忙しく過ごしていました。
 ある朝、テレビをつけると臨時ニュースが流れました。
「皆様! ロケット団です! ロケット団がタマムシとヤマブキを占拠しています! お住まいの皆様は、どうか外出を控えて下さい! また、クチバに侵攻中との事です! 情報が入り次第繰り返しお伝えします! 繰り返します!皆様……」
 ロケット団。ポケモンの力を軍事力として世界征服を目論む組織。今まで小さな悪事を行ってはニュースになっていましたが、ついに本格的な軍事侵攻を始めたようです。
「ママ、みんなどうしたの? どうしておそとにでちゃいけないの?」
「今日はおうちで遊ぼうね。ママもお仕事、お休みにするからね」
「やったー!」
 何も知らない娘は大喜び。しばらくテレビを眺めていると、突如画面が乱れ始めました。そのまま見ていると切り替わり、黒いジャケットを着た人が画面の中央でマイクを持っています。
「!!!」
 私は、知っています。この人をよく知っています。
「おはよう、諸君。私はロケット団総帥、名をサカキという」
 ああ……。そうだったのですね。自分の道。悪の道を行くと。そう決めたから、私の前に現れなくなったのですね。
「本日より我々は、軍事行動を開始する。諸君らが抵抗しなければ、こちらもポケモンの略奪はしない。ただし、邪魔をするなら容赦はしない」
 話の内容が、あまり頭に入ってこない。とても大事な話をしているはずなのに。
 少し痩せた身体。鋭くなってしまった目。それでも、面影のある顔。思い出すのは、若い頃の楽しい夜ばかり。
 寒い夜でも待っていた彼。私の料理を美味しいと言ってくれた彼。乾杯をするときのグラスの音。冗談を言い合うときの笑い声。耳元で愛を囁く声。楽しかった。
 涙が止まらない。
 ……これもきっと、祈りの涙。誰にも言えない、私だけの小さな祈り。

 あなたが幸せでありますように。


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