「どう? まあまあかしら?」
「まあまあなんてものじゃない。物凄く、美味いよ。毎日、食べたいくらいだ」
「……フフッ。毎日ね」
「あ……その、それだけ美味いって事で」
余計なひとことだった。ヤマトの口数が減ってしまった。カチャカチャと、食器の音が誰も居ない店内に響く。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま。今度は、あなたの作ったパンが食べたいわ。私の方から行くわね」
ヤマトが食器を片付けはじめる。立ち上がって、帰り支度をした。
「そんなもの、いつでも……。いや、ヤマト」
「なあに?」
同じミスは繰り返さない。これで終わりにしたら、また有耶無耶になってしまう。
言うんだ。言葉を紡いで。言うはずだった事を。
「……最後に、サカキ様に言われたんだ。自分の道を探せって。ヤマトにとっては、この店が自分の道なんだろう?」
「うん? まあ、そうね。今には満足してるわ」
「俺にとっては、ヤマト。ヤマトが俺の道なんだ。いつも俺の道を明るく照らしてくれる。
ロケット団だけが人生じゃない。それは分かってる。でも、俺にとってはヤマトが人生だったんだ。ヤマトの居ない道は暗くて、行き先もなんだかぼんやりしていて、ひとりぼっちで、寂しくて、悲しくて……」
ヤマトが、自分の両手を握って持ち上げた。困ったような顔。……そうだよな。あれから、随分時間が経ってる。いい人がいてもおかしくない。目の前の男は情けない言葉しか吐けない。そりゃ困るよな。でも、これだけは言うよ。すまない、ヤマト。
「ヤマト。きみを、愛しているんだ」
「コサブロウ……」
「ごめんな、こんな、一方的に言われても迷惑だよな。いいんだ。俺が、ただ伝えたかっただけで——」
「コサブロウ。ひとりに、ならないで」
ヤマトがまた、手を握ってくる。
「私も、あなたと同じだから。
自分の道を見つけても、どこか心が埋まらない。ああ、あなたが居ないとダメなのねって、離れてやっと気づいたのよ。
ひとりでも頑張ろうと思って今日まで過ごしてきたけど、そんな嬉しいこと言われちゃうなら、もうダメ」
「ヤマト……っ!?」
ヤマトが抱きついてきた。唇を寄せてくる。受け入れた。柔らかな感触が気持ちいい。胸の鼓動がこれ以上に無いくらい早い。聞こえているのだろうか。恥ずかしい。唇をしばらく重ねた後、ヤマトの肩に両手を置いて離した。
「コサブロウ……」
星空の綺麗な夜だった。
俺たちはベッドの上で何度も互いに愛を誓って、久しぶりに会えた喜びを分かち合った。離れていた間の話もしたし、ムサシ達の話もした。少しだけ、眠った。パン屋の朝は早い事が、今夜は少しだけ辛かった。
「コサンジ? 起きてるロトか? そろそろ起きて帰らないと仕込み間に合わないロトよ」
「うるさいな、コサブロウだよ……今起きる」
起きて、服を着た。ヤマトはまだぐっすりと眠っている。美しい寝顔だと思った。起こさないように、ゆっくりと頬にキスをした。
……これからは、どんな道が待っていても大丈夫だ。道を照らしてくれる光がある。まるで星のように、美しい光が。
窓の外を見ると、朝焼けが空をピンク色に染めていた。そうだ、俺たちにはショッキング・ピンク。桃色の明日が、いつも待っているのだ。
~ 3/3 ~