鐘屋横丁

     

 ……翌日の暮れ、最奥の部屋。
「教官殿! いやあ、ご無事でよかった。こういう時は、私はいつも同行できませんからねえ。心配でしたよ」
「マイムさん! ご心配をおかけしました……。でも同行できないって、どうして?」
「フフフ。仕事がありますから」
 マイムの身体が、にゅるりと溶ける。再び成形した、その姿は——
「ボス!」
「驚いたか? この姿でジムに行って、アリバイを作っていたという訳だ、なーんて」
「うわあ、声もそっくり!」
「ご苦労だったな、マイム。お前のお陰でいつも、好き勝手が出来る」
「お安い御用です」
 マイムがニコリと笑う。爽やかな笑顔。毎度の事だが、どうにも違和感を感じる。他人から見た自分は、こんな顔をしているのか。

 ……ちょうど今日の昼間、ジムに警官がやって来た。険しい顔をして、ポケモン窃盗の疑いがあると言っていた。あいつらはどうやら、警察に駆け込んだらしい。あれだけの事をしておいて、面の皮の厚い奴らだ。
「あなたに盗られたと言っている人が居るんです。昨日の夜は何処へ?」
「昨日の夜ですか。ジムの鍵を閉めにここに来ましたな。何人か残っていた者も居ましたし、監視カメラもありますよ。見ますか?」
「む……、分かりました、見ましょう」
 カメラには、自分に化けたマイムがジムに入り、トレーナー達と何やら話し、最後に鍵をかけて去る様子が写っていた。
「別に普通でしたよ。いつも昨日くらいの時間に、鍵を閉めにいらっしゃいます」
「オレも居ました。証言してもいいですよ」
「何より、リーダーはそんな事しないっす!」
 ジムトレーナー達が口々に言っては、警官の顔が曇る。
「むむむ……分かりました。もう一度、被害者に話を聞き直します。疑ってすみません。
 ジムリーダーさんが、ロケット団を連れてるはずないですもんね」
「いえいえ、夜の話となれば、顔の見間違えもあるでしょう。ご苦労様です」
 なんでもない事のように答えた。一礼をして、警官は去っていった。

 マイムの身体がぐにゃりと溶け、元の姿に戻った。
「それでは、行きましょうか。どちらにします? 私としましては、オススメのフレンチのお店がございまして」
 今日は、たまには3人で飯を食おうという話だった。行き先は、まだ決めていない。
「わあ、いいですね! ボスはどうですか?」
「……ラーメン」
「何と?」
「ラーメンだ。ラーメンが、食いたい」
「サカキ様。せっかくの機会ですし、私でしてはもっと上等なものを頂きたいのですが……」
 マイムがやや困惑した表情を浮かべる。
「うるさい。俺がボスだ。ラーメンの何が悪い。裏の通りに魚介出汁の美味い店があるだろう。行くぞ」
「ううっ、そこまで仰るなら、わかりました……行きましょう、教官殿」
「はい! わたしは、ラーメンでもいいですよ」
 女は、にっこりと笑って答えた。
「決まりだな。さっさと行くぞ」

 3人で部屋を出る。最奥の部屋の扉が閉まり、あとには静寂が残った。


~ 10/10 ~