月影に抱かれて、星を見送る

鐘屋横丁

     

 
 研究所へ、急いだ。新型ポケモンの脳波に異常あり。一大事だ。
 伝説のポケモン、ミュウ。そのまつ毛の化石から復元されたのが、通称ミュウツー。ミュウとは別のポケモンだが、その能力にはかなりの期待ができる。今はまだガラス管から出れずに、その身体の成長を待っている。
 上がってきた報告は、こうだ。ミュウツーの居るガラス管の近くにはもう1本、小さなガラス管があった。
 そこに居たのは、アイ。博士の愛娘の、何回目かのコピー。ふたりはコミュニケーションを取っていたが、ある日、アイは生命の限界を迎えてしまった。
 アイを失ったショックでミュウツーの脳波は大きく乱れ、安定剤の投与によって、なんとか大人しくされた。
「……最初に、アイとの交信が感じられた時、なぜ私に知らせなかった」
「……申し訳ありません」
 博士が、頭を下げる。
「相手を失えば、当然ミュウツーは混乱する。いつかはアイが消える事が、分かっていたはずだろう。まさかとは思うが、博士。
 今度こそは、実験が上手くいくとでも思っていたのではあるまいな」
「……」
 博士の表情は、変わらない。人間のコピーは、長く生きられないのだ。理由は定かではないが、4年を越えると生命活動を停止する。
「分かっている。博士。あなたの真の目的が娘のコピーの精製だという事も。それには、私は口を挟まない。それがあなたがロケット団で働く条件だからだ。
 だが、本来やるべき実験から目を離すような事はやめて欲しい。次同じ事があれば、あなたの娘に関する実験は全て中止させてもらう」
「は……申し訳ございません」
「……」
 人を、増やしてなんになる。そこには虚しさが生まれるだけだ。それを言ってやりたい気持ちを抑えた。側から見て、どんなに馬鹿馬鹿しい事に思えようが、深い悲しみにただただ浸るのも、また個人の自由だ。土足で踏み入ってはならないものである。博士も他の科学者も、ロケット団の他に居場所が無いから、ここに居るのだ。
 ガラス管の前に着いた。ミュウツーは、眠っているようだった。
「今は、落ち着いているんだろうな」
「はっ。あれから何度か起きてはいますが、今は、眠ったままです」
「ふむ。アイとは、どのように会話していたんだ?」
「恐らく、ミュウツーのテレパシー能力だと思われます」
「……という事は、それを使えば今の幼体でも、ガラス管の外の存在に対して会話が出来るという事だな」
「はっ。そうなるかと……」
「面白い。試してみよう。
……ミュウツー、起きているか。この声が、聞こえているか」
 


~ 4 ~