君の音

鐘屋横丁

注意書き

サカムサが書けるならサカコジも書けるだろうと思って意気込んだんですけどダメでした。超健全!

君の音

     

 うぅ、怖いなあ。なんだろう。ムサシがいないと不安でいっぱいだ。
 今日は俺だけサカキ様にお呼び出し。しかも、何故か場所は別荘だ。一体何の用事なのか、全く読めない。
 使用人に案内されて、サカキ様のいる部屋に入る。
「来たか」
「は、はい。コジロウ、只今到着致しました」
 サカキ様は、いつものスーツじゃない。私服だ。別荘だから当たり前か。
「コジロウ。お前の家は、ササキ財閥だったな」
「はい。俺の家が何か……」
「いや。お前の家に興味はない。用があるのはお前だ」
「はあ」
 一瞬だけ、家にいた頃の嫌な記憶が思い出された。
「お前、ピアノは弾けるか?」
「ピアノ……ですか? 弾けますけど」
 サカキ様は、にこりと笑った。
「そうか。それはよかった。この間までは女が弾いていたのだが、もう来ない。
 何でもいい。弾いてみせろ」
「分かりました」
 部屋にはピアノがあった。掃除が行き届いていて、埃ひとつない。懐かしいな。家を出てから全く触ってないけど、みっちりレッスンを受けさせられたから、まだ人並みには弾けるはず。よし、好きな曲を弾こう。子犬のワルツ。
 ……指がちゃんと動く。頭がまだ、弾き方を覚えている。良かった。色んなレッスンがあったけど、ピアノは、嫌いじゃないな。むしろ好きだったかもしれない。
 曲が終わった。サカキ様は、笑顔で拍手をしている。
「いい腕だ。クライスラーの、『愛の喜び』を弾いてくれないか。楽譜ならある」
「はい!」
 ピアノとバイオリンの二重奏で有名な曲だ。もしかして……と思ったらやっぱり、サカキ様はいつの間にかバイオリンを構えている。
「私は私の好きなように弾く。合わせろ」
「は、はい」
 サカキ様が弓を弦に当てた。慌てて鍵盤に向かう。サカキ様のバイオリンは……少しだけ、早い! 慌ててついて行く。なんだか、ハラハラするな。一人で弾くのとは大違いだ。あ、少しタッチが変わった。遅れないよう、しっかり追いかける。
 ……ははっ。なんだか、いつもやってる事のような気がしてきた。一人でドンドン先へ行くムサシを追いかけてさ。時にはフォローもして。それと一緒だ。楽しい。
「……ふむ。初めてにしては、悪くない」
 曲が終わった。サカキ様は、満足そうな顔だ。良かった。
「ありがとうございます」
「どうだ? たまに、弾きに来ないか」
「あ、は、はい! 是非!」
 
 それから。
 俺はちょこちょこ呼び出されては、ピアノを弾きに行った。
「お前の奏でる音は、とてもいい。次はいつ来る」
「えっと……また、連絡します」
「そんなに忙しいのか。今の任務はきついか?」
「いえ、そういう訳じゃなくて……。休みの日の、ムサシの都合とか」
「ムサシ。パートナーの女だったな」
「その日の気分で買い物に付き合わされたりするんで……ギリギリまでわからなくて、いつもすみません」
「そうか。
 コジロウ。お前は随分と優しいんだな」
 サカキ様は小さく笑った。
「そうですか?」
「楽器は嘘を吐かない。お前の事が、話さなくともよくわかる」
「それは俺も思います。音楽は人を表してる、っていうか……。サカキ様のバイオリンは合わせやすいし、聴いてるといつも安心します」
「そうか。次は何の曲にする? モーツァルトか、ベートーヴェンか」
「ブラームスがいいです。『雨の歌』とか」
「わかった。練習しておこう。ではな」
「はい、また! 楽しみにしてます」
 気づけば、この時間がどんどん好きになっていった。ピアノを誰かと一緒に弾くと、こんなにも楽しいんだ。知らなかったな。……いや。きっと相手がサカキ様だから、楽しいのかな。
 
「ふんふーん……♪」
「コジロウ、アンタ、サカキ様のところから帰るといつもご機嫌ね」
「そうか? まあ……気持ちいいからかな」
「!?」
「なんて言うのかな〜。二人の気持ちが一つになる瞬間が気持ちいいんだ。サカキ様が、入ってきて欲しい時に入って……」
「待った! も、もういいわコジロウ。アンタ達の仲はよーく分かった。うん。あたしも理解がない訳じゃないわ。応援してる!」
「……?」
 ムサシは何かを一人で納得して、どこかに行ってしまった。なんだろう?