共に生きる

鐘屋横丁

注意書き

R団webオンリー様の#R団と810 企画に参加させて頂きました。
サカキ様とマトリさんが喋るだけです。

共に生きる

     

 波の音が聞こえる。今日の海は、静かだ。小さな波がこちらに歩いてきたかと思えば、慌てて帰って行く。
 しばらくは、夏季休暇だ。ビンヌの別荘に来て、海を見ながらぼんやりとしていた。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「マトリか。今日は休みのはずだが」
「はい。残務が少々ありまして。でも、終わりました」
「そうか。ご苦労だった。一緒に、海を眺めないか」
「はい、喜んで」
 マトリは普段と変わらぬスーツ姿だ。ビーチベッドに寝転ぶ私の横に立って、じっと海を見ている。人間味の薄い奴だが、もう慣れた。マトリなりに今は海を楽しんでいるのが分かる。
 ざぱり。
 海の中から、一匹のポケモンが姿を現した。ヤドンだ。砂浜に座り込み、あくびを一つすると、また海の中へ戻って行った。決して珍しい光景ではない。ここのビーチには、ヤドンがよく姿を現す。
「マトリ。ヤドンがヤドランになる瞬間を見たことはあるか」
「無いです」
「そうか。
 一般的にヤドンは進化のパワーを得て、シェルダーは外の世界を知ることが出来る、共生関係にあるとされている。
 だが、実のところ進化をする、しないはヤドンではなくシェルダーの意思に依るものだ。
 そして進化してからは、ヤドランはシェルダーの分のエサまでせっせと探す。シェルダーはヤドンの甘い尻尾を吸うのみだ。
 私は、共生などという美しい言葉は似合わないと思っている。寄生が正しいな。得をするのはシェルダーだけだ」
「……そうでしょうか」
 マトリが口を開いた。
「ヤドンがヤドランになると、ヤドンはもう、ひとりではなくなる。
 エサを取りに行くのが億劫でも、噛まれた尻尾が痛もうとも、ヤドランはシェルダーのために動く。そこにあるのは、仲間意識なのでは、と思います」
「ほう。面白い観点だ。続けろ」
 マトリはクイ、と眼鏡を上げた。
「はい。本来ヤドンは、ひとりで自由に生きるポケモンです。それがシェルダーのために生きるようになる。シェルダーは、ヤドランに生きる目的を与えたのです」
「なるほどな。面倒を見る代わりに与えられたのが、生きる目的か」
「はい。そこにギブ・アンド・テイクは成立します。つまり、共生と呼んで差し支えないかと」
「やはり、シェルダーにかなり都合の良い条件のように感じるがな。だが一理ある。考えを改めよう」
「……」
 顔を覗き込むと、マトリはニヤリと笑っていた。
「どうした」
「いえ、私も似たようなものだなと思いました。私にとっては、ロケット団が生きる意味です」
「そうか。お前は優秀だからな。尻尾と言わず、骨の髄まで齧り尽くすことになるかもしれない」
「本望です、フフ」
 小さく笑った。頼りになる奴だ。

 そんな会話をしているうちに、海は荒れ始めた。押し寄せる波は大きくなり、立てる音はどんどん大きくなっていた。先程のヤドンは、何処かに行ってしまったのだろう。今頃はシェルダーに……共生相手に出会っているかもしれない。

 誰かのために生きる事は、そう悪い事ではない。マトリの横顔を眺めながら、そう思った。