秘密の数

鐘屋横丁

注意書き

サカキ×オリトレーナー♀です。トキワジムが営業してますが時間軸については何も考えてません。
名前変換機能付きです。

秘密の数

     
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主人公

「そこまで! 勝負あり!」
「ピっちゃん……!」
 倒れたピクシーに挑戦者が駆け寄る。
「ピクシー 戦闘不能。勝者 ジムトレーナー」
 判定マシンが勝敗を告げる。私のニドリーナは少し擦りむいた位の、軽傷だ。バトル場から、足元に駆け寄ってくる。
「……悪くない戦いでした。もう少しピクシーに耐久力があれば、こちらが危なかったです」
 ニドリーナを少し撫でて、ボールに戻す。
 挑戦者が、こちらに歩んできた。
「対戦ありがとうございました! また、来ます」
「はい、いつでもどうぞ!」
 挑戦者は少し悔しそうだったが、笑顔で帰っていった。きっと、また来るだろう。いい目をしていた。次に来たその時は、負けてしまうかもしれない。そうならないために、自分もまた努力をしなければならない。
 私の名はエリナ。このトキワジムでトレーナーを務めている。相棒は、ニドリーナ。
 ジムの挑戦者は、まず数名のトレーナーに勝たなければならない。ジムによって人数は違うが、うちは3人だ。私を含めた3人のトレーナーに勝てたものだけが、リーダーへの挑戦権を得ることが出来る。
 リーダーは、強い。戦う姿を何度も見たが、ここぞという所で的確に大技を当てる戦い方だ。リーダーのバトルは、いつも迫力がある。私もいつか、ああなりたい! カッコいい……と、思っている。
「勝ったのか、エリナ」
「はい、リーダー」
 ジムの奥から、リーダーが出て来た。名前は、サカキさん。年齢は、40くらいかな。はっきりと聞いた事はない。左手の薬指に指輪があるけど、今は奥さんはいないと噂で聞いた。何かと忙しい人らしくて、毎日はジムに来ない。
「そうか。良くやった。君達が優秀だと、私も楽が出来ていいな」
 そう言って、ふっと笑った。私達も笑顔になる。
「リーダー!後で稽古つけて下さいよ!」
「あっ、俺も!お願いします!」
 私以外の2人のトレーナーが続けざまに頼みこむ。
「やれやれ、サボる暇は与えてくれないな、君達は。いいだろう。順番にな」
 先に頼んだ方のトレーナーがバトル場に入る。繰り出したのはサイホーン。リーダーは、ニドキングを出す。2匹が、ぶつかり合う——
 
 ……幸せだった。
 ポケモンと、バトルの事を考える日々。いつかは、ジムリーダーになりたかった。何も知らない、明るくて順調な生活。これが、いつまでも続くと思っていた。
 ……あの夜までは。
 
 夜。手持ちのディグダが、その日はなかなか眠らなかった。昼間、たくさん寝てしまったので、そのせいだろう。外に出ると言って聞かなかったので、遅すぎる夜の散歩をする事になった。
「ほら、行くよ」
 歩く私の後ろを、ディグダがついて来る。森へ向かって歩いた。街から離れると、明かりの数が減る。でも、あまり気にしていなかった。他の子達もボールの中だし、ディグダも決して弱くはない。
 森の前に着くと、誰かの声がした。
「誰かいるのかな……??」
 森の中まで行くつもりはなかった。けれど、つい、好奇心のままに、森の中に入ってしまった。
 ……森には、数人の人影があった。1人の男を囲んでいる。皆、黒づくめの服装だった。胸にはRの印がある……ロケット団!
 咄嗟に、草むらに隠れた。ロケット団と言えば、ポケモンを使って悪事を働くグループの事だ。田舎のこの辺りじゃあまり見かけないけど、タマムシやヤマブキで活動しているという事は知っていた。なんでこんな所に居るんだろう。恐怖より、何をしているのかが気になった。
 会話が、聞こえる。
「ヒイイ、お許しください!」
「ラプラスを何処へやった? まだ、口を割る気にならないか。リザード、ひのこ」
 リザードの尾の炎のお陰で、少し周りが見える。命令を受けたリザードが、許しを乞いていた男に技を放つ。男の膝のあたりに小さく火が燃える。男の服は、ところどころ焼け焦げている。もう、何度か技を受けた後なのだろう。
「熱ちぃ! 助けて……助けてください!お許しを!」
「よく回る舌だ。脂が乗っていそうだな。次は口にしよう。リザード」
「言います! 言います! アジトの倉庫です! 地下3階の! 隅のダンボールに隠しました……」
「リザード。口だ」
 リザードが、男の口に火の粉を放り込む。
「ぎゃあああああ! 熱い…アヒっ……ヒイ……」
「フン。最初から言えば苦しまずに済んだものを。ロケット団を裏切る事は許さん。その代償は、分かるな。略奪だ。お前のポケモンを頂く。全てだ」
「ヒィ……はい……」
 彼らの会話を聞くことが、どうしても止められなかった。男を尋問する人物が、聞き覚えのある声だったからだ。自分の知り合いの、誰だったか……思い出せない。
 火傷だらけの男が、手持ちのボールを他の団員に取られている。
「待ってくれ! コイツだけは! 俺の最初の手持ちで!ずっと一緒に……」
「うるさいな、命令だ」
「コイツだけは! お許しください、 !」
「っ!!!」
 思わず、声が出てしまった。そうだ。毎日のように聞いてるはずなのに。この声、この声は。まだ理解が出来ない。結びつかない。冷酷な尋問を行う目の前の人物と、いつも優しいジムリーダーの彼と。
「誰か、そこにいるのか!」
「探せ!!!」
 団員達が辺りを見回し始めた。
 見つかってはまずい。ディグダをボールに戻して、全速力で森を抜けた。街の明かりのある場所まで一気に駆け抜けた。はあ、はあと肩で息をする。
「嘘……でしょ……信じられない……」
 嘘だと思いたい。名前の聞き間違いか。そう思っても、声が一緒だった事を思い出す。
「とにかく、家に戻ろう……」

 ……家に戻っても、一睡も出来なかった。 
 本当に同一人物なのか。何かの、間違いじゃないのか。何か事情があるのかもしれない。悶々として過ごした。そのまま、朝になってしまった。
「ジムに……行かなきゃ……」
 目の前にあるのは、いつものジム。呼吸を整える。開くまではまだ少し早い時間だから、まだ、誰もいないと思う。……でも、鍵を開けようと思ったら、既に空いていた。
「こんな早くに、誰かな……?」

「やあ」
「!!!」
 リーダーだった。バトル場の真ん中に立っている。声を聞いて、昨日の事が一気に頭を巡る。でも、悟られる訳にはいかない。
「お、おはようございます。早いですね」
「君こそ、早いじゃないか」
「はい、夕べは……眠れなくて……」
「ほう」
 はっとした。余計な事を言ってしまった、と思った。
「では、あまり寝ていないのか。何か、あったのかね? 夜に」
「い……いえ……」
 冷や汗が出る。尋問されているような気分になる。
「そうそう。昨晩と言えば、小火があったようだよ。警官の人が教えてくれた。トキワの森でね。誰かがバトルした後じゃないかと答えたけれど、どうだろうね」
「!!! あ、そうなんですか……??」
 心臓が早鐘を打つ。よく眠れなかった頭では、生返事をするのがやっとだった。ダメだ。もっと頭を働かせないと。
「現場に、ポケモンの堀った跡があってね。大きさ的に、ディグダかな。誰かトレーナーがいたのは、間違いない」
「!!!」
 しまった。ディグダが歩いた後は、土を掘った跡が出来る。そんなのは、分かりきった事なのに……
「ところで、エリナ君の手持ちにはディグダが居たな」
「はい………」
「夕べは、森へ行ったりは?」
 リーダーの、声のトーンは優しいままだ。ニコリと笑う笑顔も、いつものものだ。でも、違うのだ。この人は……ひょっとしたら……本当はとても恐ろしい人で……
「行ってない……です」
「そうか。エリナ」
「はい」
「嘘は、良くない」
「えっ……」
「嘘を吐くのは、良くないよ」
 ははっ、と声に出して笑う。纏う雰囲気が、少しずつ変わっていく。夕べの冷酷な人物に。
「エリナ」
 ゆっくりと、名前を呼ばれる。背筋がぞくっとする。
「は、はい」
「君は、見たんだね?」
「…………」
「エリナ」
 名前を、呼ばないで欲しいと思った。呼ばれたその瞬間、恐怖が身体を包む。何一つ、逆らえないような気分になる。
「はい……ごめんなさい……見ました」
「謝る事は、何も無いさ」
 今度は、にやりと笑う。普段は見られない表情だった。
「ただ、君が見てしまった秘密を、どうしようか、と思ってね」
 カツン。足音が響く。こちらに、近づいて来る。ああ。消される。殺されるのだ。そう思った。
「リーダー……! あのっ……!」
 足音は、止まない。真っ直ぐ一直線に、こちらにやってくる。
「……好きです。お慕いしてます」
「……ほう?」
 自分でも、何を言ってるのかは分からなかった。ただ、もう自分は死ぬのだと思った時、伝えねばならないと思ったのだった。
「えっと……もう殺されるんだと思ったら……自然と頭に……嘘じゃないです……」
 頬を、涙がつたう。きっと顔は真っ赤だ。恥ずかしさと、恐怖と、様々な感情がごちゃ混ぜになっている。
 ふふっと、笑われた。
「殺しは、しないさ。君は優秀なジムトレーナーだ」
「良かった……」
「ただ、秘密は守ってもらう」
「はい。夕べの事、誰にも言いませんから」
「うむ。さて、私はする事が出来てしまったな」
「する事……?」
「ひとりの女性を、泣かせてしまった。これは、本意ではない」
 手で、私の頬の涙を拭ってくれた。
 胸がどきどきする。これから何が起きるのかは、経験に乏しく、鈍い自分でも分かった。
 ぎゅっと、目をつぶった。……早くその時が終わるように?
 ……いいえ、きっと、早くその時が訪れて欲しいから。
 リーダーの手が、また頬に触れる。ゆっくりと、顔が近づいてくる……
 唇が、重なり合った。柔らかい。しばらく触れて、またゆっくりと離された。
「……約束の印だ。これで、また秘密が増えたな」
 少し照れくさそうに、リーダーは笑った。
「……はい」
 胸がドキドキする。頭が、ぽーっとなってしまって、何も考えられないでいた。
「そろそろ、時間だ。人が来る」
「あ、そうですね」
「エリナ。君は少し、仮眠を取ったほうが良いんじゃないか」
「大丈夫です、やれます!」
「あまり、無理をするなよ。君がやられると、サボれなくなるからな」
「もう、サボらないで下さい!」
 冗談を飛ばす彼は、もういつものリーダーだった。私も、寝不足なだけの、いつもの私。ここは、いつものトキワジム。
 胸に少しばかりの秘密を抱いて、これからも幸福に過ごしていく事だろう。