鎖の先

鐘屋横丁

注意書き

ある日のサカキ様とミュウツーのお話です。

鎖の先

     

 そこは、知らないはずの場所だった。だが、知っているような気もした。妙な感覚が胸を締めつける。
 青空。草むら。森。ポケモンの鳴き声。やはり、知らない場所だ。なのに何故か、この先に進むべきなのは分かっていた。
 足を進めた。
「……ぅ」
 小さな鳴き声。自分はこの鳴き声の主を——知っている。
「みゅう?」
 小さな影が、頭の上を飛んで行った。そしてその主を見た。お前は……ミュウ!
「待て!」
 飛んで追いかけた。ミュウは太陽に向かって移動している。早くはない。追いつける。手を伸ばした。
「みゅー……」
 鳴き声が脳に響く。太陽の光が眩しい。手は、届いていない。待て、待ってくれ、終わらないでくれ、もう少しで届くんだ、ミュウ、お前に、聞きたい事は山ほどあるんだ——!
 
「ミュウツーか。どうした、その顔は」
「サカキ。お前は、何故私を生み出した。何故私はここにいるんだ」
「そんな話は、とっくに終わっただろう。お前は、ロケット団のポケモンだ。我々の元で、最強の存在となるためにここにいる。違うか」
 サカキはソファに座って、読んでいる新聞から目を離しもせずにそう言った。
「ロケット団のポケモンか。フフ。なら、お前を殺せば私は自由の身だな」
「やってみるがいい。お前に殺されるようでは、私も未熟だったということだ」
 サカキは新聞を折って、机に置いた。やっとこちらを向いた。ヘラヘラと笑っているようなら即座に殺してやるつもりだったが、その顔は真剣だった。
「お前もそろそろ、どうすれば人間が死ぬかは分かっているだろう。頭を潰せ」
 サカキの頭に手を伸ばした。エネルギーを集中させる。
「心臓でもいい。ここだ」
「!」
 サカキは私の手を取ると、自分の胸に当てた。……鼓動が伝わる。いつもと変わらない音だ。落ち着いている。私がこのまま何か技を放てば、自分は命を落とすと、分かっているはずなのに。
「ああ……首でもいいな。頭と胴を分つと、大抵の生き物は死ぬ。締め殺してもいい」
 サカキはまた私の手を取ると、自分の首に当てた。無防備な肌の感触が手に伝わる。
 今、自分の手の先にはひとつの命がある。生かすも殺すも自分次第だ。殺すか。だが、殺して何が残るというのだろう。手に入った自由で何をする? ミュウを探しにでも行くのか? 何のために、探しに行くのか。
「……止めだ。お前がそんな調子では、殺す気にならない」
「そうか。危ないところだった」
 サカキはニヤリと笑って、目を伏せた。少しもそんな事を思ってはいないのが伝わってくる。
「いつの日かお前を殺すのは、私だ」
「覚えておこう。さて、先程は自由がどうのと言ったな。気晴らしに、どこかの街でも壊しに行くか?」
「悪くない提案だ」
 ……ロケット団に縛られるのも、ミュウに縛られるのも同じだ。どちらかと言えば、退屈しない現状の方がいくらかマシだと思った。この人間、サカキがいれば。